フェンリルVS偽ライガ──②

 片手で両刃剣を構える偽ライガ。

 空中で威嚇するように全身の毛が逆立つフェンリル。

 いや、逆立つだけじゃない。


 メキッ、ゴキッ。鈍い音を立て、フェンリルの体が変わる。


 凶悪な爪はより極悪に。

 鋭利な牙はより尖鋭に。

 力強い眼光はより覇気を増し。

 青い瞳は赤く、瞳孔は縦長に。

 そして淡い黄金色の毛並みは、漆黒へと変貌した。



『こノ姿、あんマりコゥには見せタクないんだけド──まあ見てなイシいイカ、いイよね、いイダろゥ?』



 コハクですら見たことのない、フェンリルのもう1つの姿。


 普段の穏やかで天に愛されたような外見とは程遠い。

 地の底から現れ、全てを喰らい尽くす悪魔のような外見。


 かつて2つあったとされる月の片割れを食った、月食い伝説の正体。






 幻獣種ファンタズマ冥狼、、フェンリル。






『■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ッッッッ!!!!!!』



 咆哮を上げるフェンリル。

 だが、今までの咆哮とは明らかに違う。

 まるで異質な音そのもの。


 そう、これは──魔族の声に近い。



『■■■■■■■■■ッッッ!!』

『────!?』



 フェンリルの爪が偽ライガへ迫る。

 偽ライガは両刃剣でそれを捌く──が、衝撃を殺しきれず刃が刃こぼれした。


 感覚で言えば2倍……いや、3倍のパワーとスピードだ。

 更に硬化した尻尾まで巧みに使う。

 両の前脚と尻尾の3つを使う攻撃に、偽ライガは押される。



『■■■■■■■■■■■■ッッッ!!!!』

『────!!』



 フェンリルから《天穿つ死の一撃フェンリル・ヴァン》が放たれる。

 黄金色ではなく、禍々しい赤黒色の光線だ。


 それを偽ライガの武技、《九鬼閃焔》が迎え撃つ。

 9つの燃える鬼の腕が、赤黒い《天穿つ死の一撃フェンリル・ヴァン》と激突。凄まじい衝撃波と漆黒の閃光が周囲に撒き散らされた。


 刹那。

 偽ライガの放つ《九鬼閃焔》は、《天穿つ死の一撃フェンリル・ヴァン》の前に霧散。

 だがそれより早くその場から離脱していた偽ライガは、光線に沿うようにしてフェンリルに向かって飛ぶ。


 狙うは開け放たれた口内。

 体毛が全ての攻撃を弾こうと、その内側であれば攻撃は通る。


 両刃剣に漆黒のオーラを纏わせ、フェンリルに肉薄。

 口内へと武技を叩き込もうとし──






 口内にいる何者かに睨まれた。






『────!?』



 擬似生命として創られ、感情を極力排除された。

 が、今明確に偽ライガの心に去来した本能的恐怖。


 それは、【死】であった。


 感覚が麻痺する。

 体が硬直する。

 技を放つという反射的行動すらできない。


 その一瞬の隙を見逃さなかったフェンリル。

 《天穿つ死の一撃フェンリル・ヴァン》を強制的に解除し、そのまま……。



『いタだきマース』



 ガブッ──。偽ライガを頭からかぶりつき、一瞬で咬み砕いた。


 ゴリッ、バリッ、メキッ。

 咀嚼音が鳴り響き、偽ライガは絶命。

 口の中から黒い煙が漏れ出し、偽ライガは跡形もなく消えた。


 それを確認した後、フェンリルの体毛はいつもの黄金色に、瞳も青色に戻った。



『むふー。やっぱり大したことなかったなぁ。1回の変身で倒せたし』



 ぐいーっと伸びをしたフェンリルは体をぶるぶる振るい、大きく欠伸をした。



『久々に黒いやつになると、疲れるねぇ。少し休みたいなぁ。あとコゥによしよしされてなでなでされてモフモフされて褒められたい』



 最後に願望ダダ漏れである。

 フェンリルは斬られた肉球を舐めると、一瞬で傷が塞がった。



『よしっ、コゥの所行こーっと。コゥー!』



 尻尾をフリフリ、耳をピクピク。

 フェンリルは嬉しそうにコハクの元へ向かっていった。

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