終戦──①

   ◆



 ターコライズ王国から俺を攫うために遣わされた刺客が来てから、1か月後。


 ブルムンド王国王城にて、ブルムンド王国女王とターコライズ王国国王との話し合いの場が設けられた。

 国王は明らかに疲弊しきっているし、女王は毅然とした態度を取っている。


 そんな2人を、俺は別室でスフィアの映像投影を使って見ていた。


 この場には、俺の他にアシュアさん、ロウンさん、コルさんがいる。

 トワさんとレオンさんは女王陛下の隣にいて、話し合いに参加していた。

 ターコライズ王国国王の側にも、俺を門前払いしたギルドマスターがいる。

 そのギルドマスター達も、終始低姿勢だ。


 国力が盛んなブルムンド王国と、衰退したターコライズ王国。

 しかもこっちには剣聖アシュアさんもいるし、235人のターコライズ王国のハンターも人質になっている。

 全面的な正面衝突は避けたいのだろう。


 それにしても。



「ターコライズ王国の国王様って、こんな老けてたっけ」

『まあ、心労と疲労が溜まってるんでしょうね。この数ヶ月、1人で国を建て直そうと必死だったみたいだし』



 ああ、なるほどそれで。

 向こうにいた時に、凱旋とかで何回か見たことあったけど、あの時はふくよかだったはずだし。


 そんな話し合いの席を見ていると、なんとなくだけど女王様に目が行った。

 ブルムンド王国の女王様……カエデ様だっけ? とてもお綺麗な方だよなぁ。



『コハク……アンタまさか、あの女に惚れたわけじゃないでしょうね』

「そ、そんなわけないよ。あの方は女王陛下だよ。そんな恐れ多いことできるわけないじゃないか」



 確かに綺麗だけど、好きになるにもお慕いするにも、身分が違いすぎる。

 ……まあ、憧れって言い方になるのかな。



「アシュアさん、これってどんな風に話し合いが進められるんですか?」

「ターコライズ王国がこっちに刺客を送り込んだのは間違いないし、証拠も十分にある。国王自らも自白したし、ほぼ間違いなくこちらの要求を呑まざるを得ないだろうね」



 やっぱりそうなるのか。

 ここでターコライズ王国が反発すれば、捕虜になっているハンター達の身の安全を保障できない。

 つまり戦力が減り、建て直しかけている国力がまた傾くだろう。

 だから見た感じ、あんなに下手に出てるんだな。


 話し合いの様子を眺めていると、ロウンさんが「そういや」と口を開いた。



「コハクよ。あのサノアって女、お前さんのアネキなんだろ? もう話はしたのか?」

「あ、あー……まあ、話したというか、なんというか」

「ま、話を聞く限りあんまいいアネキじゃなかったみたいだからな。話すこともねーか」

「は、はは……」



 なんとなく笑って誤魔化した。

 実は、絶海の孤島大陸から戻ってからの1ヶ月の間。

 俺は一度だけ、牢に囚われているサノアの下を訪れていた。


 ドアラや他のハンターと一緒にいると、共謀して牢を抜け出す可能性があることから、個室で1人、魔力を封じる鎖に繋がれているサノア。


 特に話すことはなかったけど……久々に会っておきたい。そう思ったのだ。



   ◆



「……あぁ、あなたですか」

「…………」



 トワさんとレオンさんの許可をもらって牢に入ると、両手両足、首を鎖で繋がれているサノアがいた。


 俺を見たサノアは、どこか達観したような、諦観したような顔で笑った。



「どうしました? 私を嘲笑いにでも来ましたか」

「…………」

「それとも殴りに? 昔あなたに暴力を振るっていた姉が、抵抗できずに鎖で繋がれているのです。当然ですよね」

「…………」



 無言でサノアを見つめる。

 サノアを見ても、なんの感情も湧かない。憎しみも、怒りも。


 そんな俺を見て、サノアは苛立たし気に口を開く。



「何か言ったらどうですか」

「…………」

「……そんな……そんな目で私を見るな! 憐れむような目で、私を見下ろすな!」



 激昂するサノア。


 憐れみ……そうなのかもしれない。

 戦いにしか興味がなく、戦うことでしか自身の存在意義を見出すことができない。

 生まれながらに人としての感情が、どこか壊れてしまっている。


 何かと戦う。何かを壊す。何かを傷つける。

 その標的にされたのが、俺だ。


 そんなサノアに抱く感情の正体。


 それが、憐れみ。


 未だ無言の俺に、サノアは唾をまき散らすように噛みついて来た。



「私だって! 私だってできることなら普通の女の子として生きたかった! オシャレして、甘いもの食べて、友達と笑って……! ハンターになってからも、一度はそんなことにも挑戦した! でもダメだった、できなかった! 私の中にある破壊衝動は抑えられなかった……! 戦いには……破壊には、私の全てが詰まってる。死を実感し、死線を越えて生を実感する。そこにしか、私が私である意味を見出せないんですよ……!」



 内に秘めた孤独と悩みを吐き出すように、サノアは叫ぶ。

 そんなサノアを見ても、やはり憐れという感情しか浮かばない。


 俺も、壊れてしまってるんだろうか。

 むせび泣くサノアを前にして、俺はただ無言で彼女を見る。

 なんて声をかければいいのか、わからない。


 でも、これだけは言える。



「お前は……サノアは──」

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