剣聖の試練──①

   ◆



 テイマーギルドに戻ってきた。

 実はこの3日間、武器が完成するのが楽しみでろくにギルドに顔を出してなかったんだよね。

 だから少しキツめの依頼を受けたいところだけど……。



「流石にブロンズじゃあ、討伐依頼も少ないね……」

『ご主人様。こちらのゴブリン討伐などいかがでしょう』

「……確かにゴブリンなら、俺も個人で何度かやってるし……」



 依頼書を見る。

 西に生息してるゴブリン10体の討伐か。


 ゴブリンは力が弱く、知能もない。故に群れも作らない。

 見た目は人間の子供のようだが、肌は緑色で歯並びも悪い。

 確かに子供にとっては危険だが、少し成長した大人なら誰でも倒せる魔物だ。


 ただ、稀に少し知能の発達しているゴブリンが現れると、群れを形成する。


 この依頼によると、ゴブリンの群れが現れたらしいな……。



「よし、これを受けよう」



 ゴブリン相手に、剣の使い方も練習しておきたいし。


 依頼書を取り、受付のサリアさんの元に向かった。



「サリアさーん。依頼を──」

「あっ! コハクさん待ってましたよ!」



 えっ……えっ? な、なに?

 無駄に軽快な身のこなしで受付を飛び越え、俺の前に着地した。



「どうして3日も来てくれなかったんですか! 私は、あなたに報告したくてしたくてずっと待っていたのに!」

「ほ、報告?」

「超重要で、超重大なおめでたい報告です!」



 ザワッ──!



「お、おい今の……」

「超重要で……」

「超重大な……」

「おめでたい報告、だと!?」

「おめでたって、つまりそういうことだよな……!?」

「あの男っ、我らがサリアさんに手を出したのか!?」



 何だかものすごい嫉妬の視線が!?

 今の発言はあれだ、間違いなく誤解を産む発言だ!



『こ、コハク! あんたまさか、この女とヤったの!?』

『交尾した? 交尾した?』

『どういうことですかご主人様! 私というものがありながら、いつそんなことをしたんですかぁ!』



 ちょっ、待って落ち着いて皆!

 いつも皆と一緒にいる俺が、そんなことできるはずないでしょ!?


 ぐいぐい来るクレアとスフィアをバレないように押し退け、頭をフル回転させる。


 こ、これは早々に誤解を解かないとまずい……!



「さ、サリアさん! いったいどんな報告なんですか!? さあ大きな声で言っちゃってください! さんはいっ!」



 そして皆の誤解を解いてください!


 静まり返るギルド内。

 固唾を飲んで見守るハンター達と後ろの3人。

 サリアさんは一瞬だけ考える素振りを見せると、困ったような笑みを浮かべた。






「そ、それは……コハクさんのことを思うと、ここで言うのはまずい……かな」






 何ですかその思わせぶりなセリフ!?


 膨れ上がる嫉妬と憎悪の感情。

 それに、俺の目の前で涙目になってるクレアとスフィアの圧。



『ご、しゅ、じ、ん、さ、ま……!』

『コーハークー!』



 俺、何かやっちゃいましたか、マジで……。



   ◆



 場所は変わってギルドの応接室。

 なんか、ギルドに来る度にここに来てる気がする。



『むむむむむっ……!』

『ぐぬぬぬぬっ……!』



 左右からの圧が強い……。

 フェンリルに至っては興味ないのか、端っこの方で寝てるし。



「はぁ……それでサリアさん。超重要で超重大なおめでたい報告って、なんですか?」

「……なんか疲れてません? 大丈夫ですか?」

「ええ。どっかの誰かさんが俺の生命を脅かしそうなレベルの誤解を招く発言をしてたので」

「まあっ、どこの誰ですか? 厳重注意しなくちゃいけませんね」

「…………」



 天然か、この人。

 今の発言でまたもぐったり。



「こほん。それでは報告いたします」



 サリアさんが、懐から布に包まれた何かを取り出した。

 ……あれ? これ、前にも似たようなことがあった気が……?



「開けてみてください」

「……ぇ……こ、これは……?」



 布を開けると、そこから出てきたのは銀のブローチ。

 テイマーギルドの紋章が刻まれたそれは……間違いない。



「シルバープレートの、ブローチ……!?」

「はい! おめでとうございます、コハクさん! 史上最速、ギルドに入って5日でシルバープレートへ昇格です!」



 な……え……ええ……?

 と、突然のこと過ぎて頭が追いついていない。

 何で、いきなりこんな……!?



「お、俺……薬草と鉄鉱石を取ってきただけなんですけど……」

「はい。ですがその質と量が、明らかにブロンズプレートのそれを遥かに上回っていました。マスターとも協議した結果、シルバープレートへの昇格が決まったのです」



 本来、昇格は各ランクでギルドの定めた条件を満たさないといけない。

 ブロンズからシルバーに昇格するには、採取・採掘の依頼を5つ。魔物討伐の依頼を5つこなす必要がある。


 ランクが上がるにつれて条件も難しくなり、シルバーからゴールドに上がるには昇格試験を合格しなきゃならないんだとか。


 それなのに、採取・採掘の依頼を2つ受けただけで昇格……。



「……浮かない顔ですね。どうしました?」

「あ、いえ……ただ、俺だけこんな特別扱いでいいのかなって……」

「……コハクさん、これは特別扱いではありません。あなたの成果を十二分に評価し、下した評価です」



 サリアさんの真剣な眼差しが俺を射抜く。

 その言葉の1つ1つが、俺の心に入ってくる。

 そんな気がした。



「仕事のできる人には相応の地位と相応の報酬を与える。それがマスターの信条です。強さに至っても、幻獣種ファンタズマが味方なら問題ないと判断した結果です」

「……ありがとう、ございます……?」



 ダメだ……とてもじゃないけど、実感がわかない。

 こんなとんとん拍子で進んでいいんだろうか……。



「それに、これはあなたの為ではなく、ギルドの為でもあります」

「ギルドの為?」

「ランク制度のせいでアイアンやブロンズは多く、上がって行くにつれて人が少なくなります。慢性的な人手不足なのです」

「……仕事のできるやつを下の方でうだうださせてる余裕はないから、特例でランクを上げて仕事を押し付ける、みたいな?」

「乱暴な言い方をすれば」



 なるほど……確かに組織からしたら、少しでもランクが高い人が多い方がいいか。



「……はぁ……わかりました」

「! ありがとうございます!」



 こうして俺は晴れてブロンズプレートから、シルバープレートへと昇格したのだった。

 と言っても、変わらず採取・採掘依頼は受けるつもりだけどね。



『流石ご主人様です! 私、信じていました!』

『わ、私も最初からわかってたわよ。コハクがそこら辺の女の子に手を出すはずがないって』



 嘘つけ。

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