魔法武器《フラガラッハ》──⑧

 ザッカスさんの顔が驚愕に染まる。

 それもそうだ。霊体とは言え、死んだダッカスさんが目の前にいるんだから。



「…………」



 驚き過ぎて何も言えないザッカスさん。

 魚類系魔物みたいに口をぱくぱくさせている。


 半透明のダッカスさんはそんなザッカスさんに近付き、直角に腰を折った。



『親父、ごめんっ!』

「……ぇ……ぁ……?」

『喧嘩別れになってごめん! 親父より先に死んでごめん! 親不孝な俺で本当にごめん! 謝れなくてごめん!』



 せきを切ったように溢れ出す、謝罪の言葉。

 ザッカスさんは、ただただ呆然とそれを見ているだけだ。


 時間にして数秒。

 ザッカスさんは拳を握り締め、肩を震わせた。



「謝ったところで……謝ったところでもう遅いだろッ……! 死んじまったらそれで終わりなんだぞ! 死んじまったら未来はないんだぞ! 死んじまったら語らえないんだぞ! 死んじまったら……死んじまったら……ッ!」



 膝をつき、大粒の涙を流す。

 全身の力が抜けたのか、立ち上がれないみたいだ。



『……あの時は、意固地になって言えなかった。でも……聞いて欲しい、親父。俺がハンターになった理由を』

「……理由……?」

『ああ。……俺は、親父のためにハンターになったんだ』

「……俺の……ため……?」



 ダッカスさんは視線を合わせるように跪く。



『親父は、世界最高の鍛治職人だ。俺もそんな親父に憧れた。天職が鍛治職人だったら、間違いなく親父の跡を継いでいた』

「…………」

『でも、俺の天職は剣士だった。親父の背中に憧れ、親父の技術に憧れ、親父の剣を打つ姿に憧れたけど……俺は鍛治職人にはなれない。それが、運命だった』



 確かに天職じゃない職は、どんなに努力しても天職持ちには追い付けない。

 つまり……ダッカスさんが鍛治職人の道に進んでも、ザッカスさんには追い付けない。

 それどころか、他の職人にも負けるだろう。


 これは努力の仕方ややり方ではなく、天職というシステムのあるこの世界に生まれ落ちた、呪いのようなものだ。



「だ、けど……だけどっ、俺が教えれば食い扶持は……!」

『ああ、困らないと思う。でも……俺が憧れたのは親父の領域だ。そこに辿り着けない道を進むのは……想像するだけで、辛かった』

「ッ……!」



 何も言えない。

 ザッカスさんもそれはわかっているから。

 それが、この世界のシステム、、、、だから。



『だから考えた。俺は俺の天職で、どうやって親父の役に立てるかを』

「……それが、ハンター……?」

『ああ。強くなれば、強い魔物と戦える。強い魔物のアイテムや、危険区域デンジャラスゾーンにあるレアな鉱石を手に入れられる』



 ダッカスさんは気恥しそうに頬を掻いた。



『俺の手に入れた世界最高の素材で、世界最高の技術を持つ親父が、世界最高の剣を作る。それが俺の夢で……俺がハンターになった理由だ』

「……ぁ……ぁぁ……あああああああぁぁぁっ!」



 ダッカスさんがハンターになった真の理由。

 生き急いでると感じられるほどの自己鍛錬。

 本来ブロンズ以下のハンターが行う採掘依頼。


 その理由は……なんてことのない。


 大好きな父親と、一緒に仕事をしたい。


 ただ、それだけなのだ。



『ドジ踏んで俺は死んじまったけど、この世界には化け物みたいな奴らがゴロゴロいる。例えば、そこの兄ちゃん』

「……そいつ、が……?」

『ああ。……なあ、あんた。幻獣種ファンタズマテイマーだろ?』



 ザッカスさんの目が見開かれる。

 ……そうか。ダッカスさんは今霊体。人間じゃないから、皆の姿が見えるんだ。



「……はい、そうです」

『へへ。な、親父。伝説のテイマーが、俺達のすれ違いを直すために動いてくれたんだ。すげーだろ、ハンターって。人と人との出会いが、関わりが、こうして話し合いの場を設けてくれたんだ』

「……そう、だったんだな……」



 ザッカスさんは立ち上がり、涙を拭う。



「すまなかった……ありがとう」

『俺からも礼を言わせてくれ。ありがとう』

「そ、そんなっ。俺はただ、ザッカスさんに前を向いてもらいたくて……」



 ダメだ、こうして真っ直ぐ感謝されることがなかったから、ちょっと恥ずかしい。


 頬を掻いて顔を背ける。

 と、その時。



「……嘘、だろ……」

「ダッカス……!?」

「まさか、そんな……」



 ……この声は。



『っ! アシュアさんっ、コルさんっ、ロウンさんっ!』

「あんたらは……!」



 振り返ると、3人は花束や酒を持って唖然としていた。



『親父、紹介するよ』

「いや、大丈夫だ。ダッカスのギルドの先輩、なんだろ? 毎年この日に、いつも来てくれる」

『……この日?』

「今日は、お前の命日だ」

『……そう、だったのか。……アシュアさん、コルさん、ロウンさん。ありがとうございます』



 ダッカスさんが頭を下げる。

 が、3人はまだ困惑してるみたいだ。



「あ、ああ。……だけど、これは一体どういう……?」

「死霊の魔石を取ってきました」



 俺の言葉に、3人はメドューサに睨まれたように硬直した。



「な、なるほど……」

「てことは、リッチをぶっ殺したってのかよ……」

「流石、幻獣種ファンタズマテイマー。とんでもないですね……」



 未だ困惑している3人。

 その中でも、いち早く回復したアシュアさんが1歩前に出る。



「ダッカス、ザッカスさん。改めて謝罪させてください。俺達の力が足りなかったばかりに、死なせて申し訳ありませんでした」

「……あんたらのせいじゃないってのは、薄々感じていた。俺が意固地になっていただけだ。……息子が世話になった。ありがとう」



 2人の間に、和やかな空気が流れた。

 多分、ザッカスさんと3人の間には、俺が知らないいざこざがあったんだろう。

 でも、今確かにそれは霧散した。


 次の瞬間、ダッカスさんの体から光の粒子が零れた。



『どうやら、時間みたいだ』

「そうか……ダッカス。話せてよかった」

『ああ。俺もだ』



 ザッカスさんは生者。

 ダッカスさんは死者。

 今この時間では、2人が交わったのは奇跡に近い。

 その奇跡が、終わりを迎える。


 と、ダッカスさんが俺の方を向いた。



『なあ、あんた。名前は?』

「……コハクです」

『そうか。……コハク、恥を承知で頼む。俺の代わりに、親父を助けてやってくれ。俺の代わりに、俺の夢を叶えてくれ』



 徐々に薄くなるダッカスさんが、頭を下げる。

 すると、その横に立っていたザッカスさんも同じように頭を下げた。



「コハク……さん。俺からも頼む。ダッカスの……いや、俺達の夢を、手伝ってくれ」

『……親父……』



 …………。



「はい、任せてください。ダッカスさんの想いは、夢は、俺が引き継ぎます」

『……ありがとう』



 安らかな笑みを浮かべたダッカスさんが、天に召されるように浮かび上がった。



『アシュアさん、コルさん、ロウンさん。お世話になりました』

「達者でな」

「また会おうぜ」

「さようなら」


『親父、体調には気を付けてな。すぐこっち来んなよ』

「馬鹿野郎。あと100年は生きる」


『コハク……頼んだぞ』

「……はい!」



 微笑み、空に消えるダッカスさん。

 それと同時に死霊の魔石は粉々になり、風で空へと舞った。

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