清水伶香としおり・II

 わちゃわちゃと、たくさんの生徒の話し声が食堂に響き渡っている。


 そこに、つぐみが友人と一緒にやってきた。美しいツインテールを手で払う。それもまた美しい。ツインテール定番仕草だ。キラキラと輝くエフェクトが見えるようだ。


 隣にいる子はたしか、加藤かとう夏月なつきだっただろうか。夏月とは高校一年のときに仲良くなったとつぐみが言っていた。つぐみの唯一の女子の友達らしい。髪型はボブで少し茶色気味、胸はかなり大きい。つぐみと並ぶとお互いの胸の大きさが余計に強調されてしまう。背はつぐみと同じくらいだ。


「何ジロジロ見てんだよ」


 巧が細い目をして熱海を見ながら言う。


「そういえば藤宮さんと幼馴染だったよな、熱海。まさか幼馴染まで狙ってるとは……」

「『まで』ってなんだよ。二人とも狙ってねぇよ」


 やはり巧は困った奴なのだろう。


「それにしても、藤宮さんって可愛いよなぁ」


 笑顔がニヤニヤに変わる。


「そういえば、巧のこと変態呼ばわりしてたなぁ……」

「えぇ?」

「いろいろと他人の情報を持っている危ない奴的なことをさ」


 さすがのつぐみもそこまでは言ってはいなかったが、ついからかってしまった。


「お前ら実は深い関係にあったりしない? お互いのこと知りすぎじゃないか? つぐみがちょっとした有名人ってのもお前から知った情報だし」


 さすがに言い過ぎたかと心配になる熱海。


「そんなわけないだろ? まともに話したことすらない。俺が藤宮さんのことを知ってるのは友達からの噂とかだからさ。まぁ人づての話なんて、当てにならないことのほうが多いけどな」


 巧はニヤッとした顔を向けてくる。

 もし漫画なら「ギクッ」とどこかに書かれていることだろう。


「藤宮さんが俺のことを変態だなんて言ってるのは、熱海が俺のことを変な風に言い散らかしてるからだと思うんだが」

「あっははは。そうだよな、悪い」


 事実を言われてしまっては何も言い返せない。笑ってごまかす。


「そういえば、つぐみって友達あまりいないのか?」


 話を変えて逃れようとする。熱海は悪い奴だ。


「さぁな。さすがにそこまでは知らない。幼馴染の熱海のほうが知ってそうだけど?」


 巧は特に文句を言わず、答えてくれた。やはりよい奴なのだろう。それとも、もう諦められているのか。


「知らんから聞いてるんよ」

「でもあの性格なら友達多そうだけどな」

「今の俺がつぐみみたいな性格の人と初対面だったら仲良くなれる自信がないよ」

「そうだな。お前は清水さんみたいな人じゃないとな」


 笑いながら仕返しをされた。


「でも、ツンツンしてる子って意外と寂しがり屋だったりするからなぁ」

「それはモテ男だから言えることか?」

「俺のこと勘違いしてるだろ? 俺は別にモテモテじゃない」

「モテモテとは言ってない。モテって言ったんだ」

「モテでもないわ」


 二人で笑い合う。


「そういえば、巧彼女がいるのに、さっきつぐみのこと可愛いとか言ってたよな?」

「……」

「お前は加藤さんみたいな人が好きなのかと思ってたけど、つぐみみたいなのがタイプなのな」


 なぜか先ほどまでのニヤニヤはどこかへ消えてしまっていた。


「前にさ、彼女と喧嘩中って言ったの覚えてるか?」

「あぁ、言ってたな……。まさか、別れたのか?」

「いや別れてはないけど、結構ヤバい」


 熱海は安堵する。


「なんだよ。ビビらせんなよ。てかなんでそんな状況なわけ? 巧に限って」

「まぁいろいろと……」


 誰にでも言いたくないことの一つや二つはあるだろう。


 そのあとは特に大した会話もなく、昼食を食べ終える。

 巧とは食堂で別れ、熱海は今、教室へ戻るため廊下を歩いている。

 廊下に熱海以外生徒が一人もいないため静かだ。そのためグラウンドでサッカーをしている生徒たちの声がよく聞こえる。


 昇降口を通り過ぎようとしたとき、靴箱の方から小さな物音がしたので見てみるとそこには伶香がいた。一人で何かを探しているように見える。右手には本を持っていた。

 だが諦めたのか、熱海には気づかずに去っていった。


 そろそろ五限目の授業が始まる時間だった。

 熱海もその場をあとにした。


 五限目のあとの休み時間。次の六限が今日の最後の授業だ。念のため用を足しておこうと、トイレへ駆け込む。とても静かだ。でもそれはいつものこと。特に何も気にせず用を足し終え、手を洗う。


 ハンカチを取り出そうとズボンのポケットに手を突っ込むと、ハンカチではない何かに触れる。

 紙のような手触りで長方形をしたモノ……。

 取り出すとそれは、今朝見た伶香の机の上にあったしおりと同じモノだった。

 しおりの下の方には『清水伶香』と小さく書いてある。


「……なんで」


 『なぜ』『どうして』と、そんな単語が次々に頭の中に浮かび上がる。

 またこれもあのときの二つのモノと同じでいつの間にか現れていた。伶香から盗んだわけでもないのに、ポケットに入っていた。

 手が震え、思わず落としそうになる。

 投げ捨てたかったが、伶香のモノだと知っている以上そんなことはできない。


 そろそろ六限目が始まる。熱海はしおりを持って教室へ戻るが、それと同時に授業開始のチャイムがなる。

 気味が悪いが少し落ち着くために返すのは六限目が終わってからにすることにした。

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