【ハイファンタジー】最強の男は敗北を知りたい

 男は最強だった。


 鍛えられた強固な肉体は、鋼をも容易に砕くことができた。それどころか、アダマンタイトよりも硬いと言われている、ホーリー・ドラゴンの鱗をも正拳突きで粉砕することができた。


 賢者と呼ばれし魔法使いの圧倒的な魔法も、男の前ではそよ風同然だった。男の周囲一キルメルトルが消し飛ぼうとも、男の肉体にはかすり傷一つつかなかった。


 誰も男には敵わない――。

 常勝無敗。


 負けるかもしれないと思ったことすら、一度たりともなかった。圧倒的勝利ばかり。それらは戦いと呼ぶこともおこがましい、一方的で味気ない蹂躙。

 戦いに楽しさや興奮などない。そこにあるのは、ただひたすらに虚無のみ。アリを足で踏みつぶして戦いに勝利した、と言っているようなものだ。


 男はいつしか願うようになっていた。

 敗北を知りたい、と。


 自分と同等――いや、自分を超えるような実力者と相まみえたいという欲求。敗北の悔しさ、悲しさ、無力感を味わってみたい。

 自分は敗北という経験を得ることで、格闘家として、また一人の人間として、大きく成長することができるのだ。逆に言えば、敗北しない限り、自分はもう、これ以上上の領域には至れないのだ――。


 男は旅をした。世界中を歩きまわり、各地で強者と称される者たちと戦った。

 世界は広い。この広大な世界のどこかに、自分を超える強者がいるのではないか、と思ったのだ。

 しかし、男を唸らせるような存在は、どこにもいなかった。


 絶望。


 絶望感と虚無感に苛まれながら、それでも男は一縷の望みをかけて世界中を旅した。未開拓地や秘境と呼ばれるような場所に足を運び、そこに住んでいる人間やモンスターと戦った。

 だがしかし、誰もが男の前にこうべを垂れる。男と長時間戦うことはおろか、一撃を耐えられる者さえいない。


「この世界には、俺より強い者などいないのか……」


 男は嘆きながらも、旅をつづけた。

 男にとって自らの生きる意味|(モチベーション)は、強者と戦い敗北を喫することのみなのだから――。


 ◇


 ある日のこと。

 ふらりと訪れた街で、男はとある噂を耳にした。それは、『王都に異世界から召喚された人間がいるらしい』というものだった。


 考えもしなかった。この世界に自分より強者がいなくても、異なる世界にならばいるかもしれない。

 久しぶりに心が躍った。童心にかえったような、みずみずしい気分だった。


 異世界人も自分と比べて弱者かもしれない。そう思いつつも、同時に異世界人ならば自分を超える圧倒的で理不尽な力を持っているかもしれない、という期待感も抱いた。


 男はさっそく王都へ向かった。馬車など使ってはいられない。全力疾走をする。草原の草々は剥げて土がむき出しになり、森を覆いこむ葉はすべて暴風に煽られ散った。舗装された街道は荒れ地になり、川に住む魚たちは地上に跳ね上げられ、地元住人に食べられた。


 王都に着くと情報収集をした。異世界人は黒髪で、この辺りでは見かけない顔立ちをした若者らしい。身長は低めで体つきは細い。失望感を抱いてしまうが、見かけで判断するのはよろしくない。大切なのは、実際に強いのか。ただそれだけだ。

 さらに情報収集すると、異世界人は女神から特別な能力を与えられた、ということが判明した。異世界人には人の能力値を可視化する能力があるらしい。


「すばらしい」


 男は呟いた。


 彼が今まで戦ってきた者たちにはない能力を持っている。これは楽しめそうだ。敗北を知ることができるかもしれぬ。


 男は異世界人を探し回った。三日ほどして、ようやく巡り合うことができた。異世界人は少女を三人連れて、食べ歩きをしていた。手には露店で買ったと思われる串焼きを持っている。

 男が立ち止まり、仁王立ちをして異世界人を睨みつけると、彼は串焼きを食べる手を止めて男を不思議そうな顔つきで見た。


 異世界人は一五歳くらいの少年だった。情報通り黒髪で変わった顔立ちをしている。派手ではなく、むしろ冴えない顔ではあるが、顔の造形そのものは割と整っている。


 少年の連れている少女は、三人とも見目麗しい奴隷だった。首には奴隷の証である首輪の跡が残っている。一人は没落貴族の娘と思わしきヒューマン。一人はプライドの高そうな耳長のエルフ。一人は猫耳の人懐っこそうな獣人。

 三人とも少年のことを教祖のような目で見ている。そこにあるのは、尊敬を超えた何か。崇拝に似たような感情。それが自然に抱いたものなのか、少年が何らかの力を用いて抱かせたものなのかはわからない。


「おっさん、俺になんか用?」


 少年がフランク――というよりも、生意気な口調で問うた。


「お前が異世界人か?」

「そうだけど、それが何か?」

「俺と戦え」

「え、なんで? 嫌だけど」

「俺は今まで誰にも負けたことがない」


 そう言うと、男は地面を蹴って一瞬で少年に近づいた。勢いそのまま突きを繰り出す。いつもならここで相手は死ぬか戦闘不能になっている。

 だが――。


「いきなり襲い掛かってくるなんて、野蛮人かよ」


 やれやれ、と少年は気だるそうに、か細い手で男の突きをいともたやすく受け止めていた。こんな筋力の欠片もなさそうな白い手のどこに男と対等な力があるのか。


「すっごい強烈な一撃を片手で受け止めるなんて、さすがはご主人さまですぅー! かっこいいっ! 惚れなおしましたー!」


 獣人の少女が目を輝かせて言った。


「さすがはカムイね。地上最強とも称される男の一撃を、本気を出さずして受け止めるなんて……。これがチートスキルとやらの力かしら?」


 エルフの少女が感心したように呟いた。


「カムイが本気を出せば、こんな野蛮人など秒殺できるでしょうね」


 貴族風の少女は冷静に言った。


「あ、なに? このおっさんってそんな強い人なの? なんだ、その辺の野蛮な冒険者かと思ったぜ」


 少年はケラケラと笑うと、


「よしっ! おっさんのステータスを見てみるか。ステータス・オープン!」


 謎の魔法を発動させた。

 少年の目が宙を泳ぐ。手で宙にある何かを操作する。男には見えない何かがそこに存在しているのだろう。


「うおっ! マジかよっ! なんだよ、このステータス!? チートじゃねえか!」


 興奮したように、少年はぶつぶつと呟いている。


「ねえねえ、ご主人様」獣人の少女が言う。「こんな奴、さっさと倒しておうち帰りましょうよ」

「お、そうだな」


 少年は頷く。


「とりあえず、死なない程度にボコっておくか」


 その声は男の背後から聞こえた。


「なっ……!?」


 男は慄然とした。

 先ほどまで少女たちと話していたはずの少年が消えている。そして、その消えた少年の声が背後から聞こえている――つまり、背後に立たれた、という事実に慄然とした。


「ば、馬鹿な……」


 呆然とする男の背中に少年が軽く殴りつける。すると、男は馬鹿みたいに吹き飛んでいった。弧を描くように宙を舞い、地に落ちてからも勢いを殺せずに、地面を転がった。露店に突っ込んだところで、ようやく止まった。


「か、かはっ……」


 男は血を吐き出した。

 立ち上がろうとしたが、足が上手く動かない。自分の体だというのに、思い通りに動かない。このような経験は初めてだった。何が起こったのかもわからない。


「は、は、は、は、は……」


 笑うしかなかった。

 男が今までしてきたのと同じように、一瞬にして男は少年に敗北したのだ。


 圧倒的なまでの敗北。


 男が求めてやまないものが、ようやく手に入った。すがすがしい気分。自分に負けた者たちは、このような気分だったのだろうか。


 雨が降ってきた。

 いや、それは雨ではなかった。空は晴れている。それは涙だった。男の両の瞳からとめどなく涙が流れているのだ。

 これは悔しさか。これは悲しさか。これは感動か。これは――。


 人間らしい感情を取り戻した男は、生まれて初めて神に感謝した。異世界人の少年に会えたことを。戦えたことを。敗北を味わえたことを。


 そして、男は誓った。

 再び最強になろう、と。

 異世界人の少年に勝利する、と。

 そう、己に誓った――。




「やれやれ。うっかり本気を出しちゃったな。目立たないように生きようって誓ったのになあー」




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