第86話「敬礼!」
「このまま帰れば、貴女の犯したつまらない愚行で、騎士隊全員が、いえ、ラクルテル公爵閣下もメンツを潰す事になる。それでも良いの?」
「…………………」
アレクサンドラから問われ、ジュリエッタは力なく俯いてしまった。
ここでシモンが手を挙げる。
「長官、俺、発言しても良いっすか?」
「ええ、構わないわよ」
「ありがとうございます、長官」
シモンはアレクサンドラへ、一礼すると、拳を組んだまま、ジュリエッタへ向き直る。
「聞いてくれ、ジュリエッタ・エモニエさん。支援開発戦略局で仕事をするのに、身分、出自などは一切関係ない」
「………………」
「貴女が持つ、つまらない価値観など捨て去る事だ」
シモンが言い切っても、ジュリエッタは無言、いまだ、うつむいたままだ。
「………………」
「我が局は、様々な分野のプロフェッショナルが集まり、ティーグル王国民の為に働くセクションだ」
「………………」
「局員は己の持てる能力を最大限に発揮しながら、互いに認め、尊重し合い、一致団結し、課せられた責務を遂行して行く」
「………………」
「二度目の騎士の情けだ。チャンスをやろう」
「………………」
「貴女はまず態度を改めるんだ。今までの非礼を詫びてくれ」
「………………」
「その上でウチの方針を理解し、俺の指示を
シモンが告げると、ジュリエッタはしばしの沈黙の後、
「………………シモン・アーシュ殿、貴殿の申し出に感謝する」
「おう、そうかい」
シモンが微笑むと、ジュリエッタはゆっくりと顔をあげた。
苦笑と晴れやかさの
「ああ、ブランジェ伯爵のおっしゃる通りだ。……私は井の中の蛙だった。今、己の愚かさを痛感している」
「ならばどうする?」
「……まずは心から謝罪しよう。本当に本当に申しわけなかった。シモン・アーシュ局長。そして局員の皆様」
ジュリエッタは深く頭を下げた。
「局長。私はラクルテル公爵家のモットーが大好きだ。力こそが正義。力なき正義は悪だと」
「ははは、俺も確かに閣下からそう聞いたよ」
「加えて! 私は自分の見たもの、体感したものしか信じない。この性格、考えは変わらないと思う」
「ふうん」
「私は当初信じていなかった。数多の騎士達に圧勝し、閣下と引き分けたという貴方の実力を」
「まあ、貴女はあの場に居なかったからな」
「確かに! それゆえ信じてはいなかった。だが! 今、身をもって知った」
「はは、腕相撲だけどな」
「いや、シンプルな力の勝負なればこそ、だ。貴方は私と11回戦いながら、息ひとつ乱れていない。それに、こうして拳を組むと伝わって来る。貴方の規格外ともいえる
「………………」
今度はシモンが無言となった。
黙って、ジュリエッタの物言いを聞こうと判断したようである。
ジュリエッタの『追及』はまだまだ続く。
「更に言おう! 私も魔法を行使する者。感じるのだ。貴方の底知れぬ巨大な魔力を!」
「………………」
「だからこそ分かった。勝負して確信した。シモン・アーシュ局長、貴方はまだまだ底が知れない。計り知れない存在だという事を」
「ははは、俺はそこまでの器じゃないよ」
「いや! 私は
最後は、本音を。
そして、目指すべき相手がシモンだという事を、ジュリエッタは言い切った。
ジュリエッタが放つ魔力から、彼女の希望が、心の底が見え隠れする。
だが誇り高い分、素直に自分からは言い出せないのだろう。
本当に……素直ではなく、めんどくさい騎士であり女子である。
だが、ここで彼女の面倒をみるのが、導くのが、上司たるシモンの役目なのである。
「……そうか。では、念の為、改めて聞こう。ジュリエッタ・エモニエ、貴女は局の方針を理解し、俺の指示に従い、王国民の為に働くと誓うな?」
シモンの問いに対し、ジュリエッタは晴れやかな、満足とした表情できっぱりと言い放つ。
「誓う! いや! 誓わせていただきますっ! 私ジュリエッタ・エモニエを! ぜひ局長の配下にっ! そして皆さんの仲間にして頂きたいっ!」
ジュリエッタが再び頭を深く下げると、シモンは微笑みゆっくりと組んでいた拳を放した。
「分かった。二言はないという騎士の誓い、確かに聞き届けた。……長官、宜しいですね?」
シモンが筋を通すべく、アレクサンドラに尋ねた。
対して、アレクサンドラは大きく頷く。
「勿論よ! シモン君、貴方の裁量に任せるわ」
「ありがとうございます!」
シモンは再びアレクサンドラへ一礼。
ジュリエッタに視線を向け、微笑む。
「では、ジュリエッタ。俺たち、王国復興開拓省、支援開発戦略局は貴女を歓迎する。宜しく頼むぞっ!」
これで丸く収まった。
ラクルテル公爵から、局員として派遣された、騎士たる自分。
その立ち場を尊重してくれた事に気付かぬほど、ジュリエッタは愚かではない。
「は! かしこまりましたっ!」
シモンに対し、ジュリエッタは改めて姿勢を正し、直立不動。
「びしっ!」と敬礼をしたのである。
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