第50話「猛獣使い、再び!②」

 シモンをめぐっていきなりぼっぱつした猛獣女子ふたりの戦い。

 才色兼備な局長秘書エステル・ソワイエ、気高き深窓の貴族家令嬢クラウディア・ラクルテル。


 しかしシモンの機転で治癒魔法『鎮静』が発動。

 魔法オタク、アレクサンドラが感嘆するだけあり、効果もてきめん。

 不機嫌でけわしかった女子ふたりの硬い表情が……クールダウン。

 どんどんやわらいでいく……


 「機を見るに敏」状況が変わると確信したアレクサンドラは停戦、そして終戦へと戦局を変えて行く。


「よっし! サンキュ、シモン君。じゃあ、ふたりとも仲直りして。まずクレア、年上のエステルに謝って」


 『姉』アレクサンドラに促され……

 クールダウンした『妹』クラウディアは、エステルに対し素直に謝罪した。

 「ぺこり」と頭を下げる。


「……は、はい。……いきなり、申しわけありませんでした。貴女がシモン様と秘書たる職域を超えて仲良くされていたので、ついカっとなりました」


「うんうん! シモン君と、上司部下の間柄を超えて仲良くしていたから、ついね。うんうん! 正直で宜しい。次はエステルよ」


「はい、私もきびしい眼差しで見つめられ、ついカっとなって……クラウディア様より年長なのに、とても、おとなげなかったです。本当に申しわけありません、クラウディア様」


 一方、エステルも、自分の未熟さに気付いたらしい。

 こちらは丁寧に深々と頭を下げた。


 猛獣女子ふたりの謝罪を見て聞いて、アレクサンドラは満足そうに頷いた。

 

「よっし! これで手打ちは完了よ! じゃあ、改めて自己紹介。まずはアンディから、宜しくぅ! あ、シモン君へのお礼は改めて。名前等々だけ簡単にお願いしますね」


 鮮やかなシモンの治癒魔法。

 そして激高していた愛娘のらしからぬ謝罪。

 

 驚き、呆気に取られていたアンドリューは、極めて簡単に挨拶をする。


「あ、ああ、分かった……俺は、アンドリュー・ラクルテル。爵位は公爵。クラウディアの父だ」


「よっし、じゃあ、次はクレアよ。シモン君には挨拶したけど、秘書のエステルには初対面だったわね」


「は、はい! わたくしはクラウディア・ラクルテルです。ラクルテル公爵家の長女で、ロジエ魔法学院の2年生です」


 クラウディアが改めて自分の姓名、そして学生だと名乗ると、エステルが反応する。


「え? ロジエ魔法学院って? クラウディア様は、もしかして私の後輩? ……ですか?」


「えええ? じゃ、じゃあ、エステル様もロジエ魔法学院のご出身?」


「は、はいっ!」


 エステルの肯定を聞き……

 ふたりの猛獣女子?は顔を見合わせ微笑む。


「「なあんだぁ」」


 先日と同じくクラウディアが制服姿だったら、早く気付いていたに違いない。

 ふたりが同じ学校の先輩後輩だという事を。


 しかしこの自己紹介が、『エステルとクラウディア完全和解』のきっかけとなった。

 

 ふたりは、しばらくシモン達をそっちのけで「母校の話に花が咲いた」


 そして、語り合うエステルとクラウディアを見守る『猛獣使い』アレクサンドラは……

 「我が事成れり」とばかり、満足そうに頷き、満面の笑みを浮かべていたのである。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆ 


 エステルとクラウディアの和やかなやりとりがひと段落。

 改めてシモンとエステルは、ラクルテル公爵父娘に自己紹介する。

 

 アレクサンドラから父娘に対して、自分の諸々ほとんどが説明されていると想定。

 それゆえ告げる言葉は極めてシンプルだ。


「初めまして、公爵閣下。シモン・アーシュと申します。このたび王国復興開拓省局長を拝命致しました。何卒宜しくお願い致します」


 続いて、エステルも自分の立場をしっかり告げる。


「エステル・ソワイエと申します。シモン・アーシュ局長任命に伴い、専属秘書に任命されました。本日は秘書として、同席させて頂きます」


「ほい! 自己紹介終わり。じゃあ、アンディ、今日いらした用件をシモン君へ伝えて」


 アレクサンドラが本日の趣旨を促すと、アンドリューは屈託なく「にこっ」と笑った。

 そして深々と頭を下げた。


「ああ、……シモン・アーシュ君。このたびはウチの娘と侍女を救って貰い、感謝する。ありがとう!」


 王国でも抜きんでた上級貴族らしからぬ、腰の低さ。

 それもシモンのような平民に対して。

 アレクサンドラに対する配慮はあるとしても……

 好ましいとシモンは思う。


「いえ、閣下。俺は当然の事をしたまでです」


「ふむ、サーシャやリゼットから事情は全て聞いた。だが念の為、シモン君にも聞こう。質問も交えさせて貰う」


「はい、何なりと」


「シモン君、君は悪漢どもをにらんだだけで追い払ったという。行使したのは魔法か?」


「いえ、正確には魔法ではなく、魔力を使う特殊なスキルのひとつです」


「魔力を使う特殊なスキル?」


「はい、技の神髄を秘す術者として詳細はご勘弁願います」


「ふむ、完全な種明かしは出来ぬか?」


「はい、閣下も軍を率いる際、または自ら戦われる際、概要はお話しされても、手の内を全てお見せにならないのと同義とお考え下さい」


「ふむ……」


「行使したのは、俺がトレジャーハンターをなりわいとしている際、便利だと思い習得したスキルです。自分より力が劣る者を威圧し、無傷で追い払う技であります」


「ほう、成る程。無傷で追い払えば、過剰防衛にはならん。そういう計算か?」


「そうです。大騒ぎになって、俺を引っ張ってくれた長官にご迷惑をかけたくありませんでした。だが状況を見れば一刻の猶予もない。最善の判断であり、方法だったと思います」


「うむ、冷静でクレバーだな、シモン君は。そして衛兵隊が来たのを確認してから、名乗らずにその場を去ったと」


「はい、閣下が仰る通りです」


「だが……名乗らなかったのは、何故だ? 取り調べ等でややこしくはなるが、確実に当家からは厚く礼を告げ、相当な謝礼も出したぞ」


「いえ、謝礼とか、対価を求めるとかではなく、当たり前の事をしただけですから……自分は特にそういう事は望みません」


 シモンは正直に本音を伝えた。

 トレジャーハンター時代、仮面を被り『名も無き勇者』と化す時と、気持ちは全く変わらなかったのである。

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