第44話「エステルの変ぼう①」

 翌日午前8時……

 定時よりも、シモンは30分早く出勤した。


 自分の部屋、局長室で着替え、業務開始の支度、及び片づけをした後、椅子に座り、「はあ」と重く息を吐いた。


 何となく……

 嫌な予感がするのだ。

 

 昨日襲来した『高慢押しかけ令嬢クラウディア・ラクルテル』の事である。

 究極の悪役令嬢だった彼女が、急に素直になり、チョロインフラグをパタパタと可愛く打ち振った事が……とんでもない災厄が起きるとか。


 万が一、クラウディアと?

 俺がもっと深い関係となる?

 

 いやいやいや!

 クラウディアは綺麗だが、自分みたいな平民とは身分が違い過ぎる。

 父親が王国ナンバー3か、ナンバー4の公爵。

 超上級貴族の娘だぞ。

 

 だからシモンは言いたい。

 クラウディアへ伝えたい。


 しっかりと、お助けしたお礼はお聞き致しましたよ。

 これで、ジ・エンドですね。

 

 お元気で、クラウディアお嬢様。

 貴女もお幸せになってください。

 遠い空の下、お祈り申し上げております。


「もう平民の俺は、貴女とはかかわりありません」という感じで、杞憂に終われば良いのだがと心から思う。


 まあ、良い。

 さっぱりと気持ちを切り替えよう。

 美味いお茶でも飲んで全て忘れよう。


 シモンは備え付けの魔導給湯器を使い、お茶を淹れる。

 元々、紅茶が大好きなのだが……

 トレジャーハンター時代、ある地域で飲んだ清涼感あるハーブティーも大いに気に入っており、愛飲していた。


 そんなこんなで……

 8時30分となり、机上の魔導通話機の呼び出し音が鳴った。


 シモンが通話用の突起に軽く触れれば、秘書ルームに在室するエステル・ソワイエのさわやかな声が聞こえて来た。


「局長、おはようございます。本日と1か月以内のご予定のご確認をお願い致します。これから伺っても宜しいですか? それとお茶をお持ちしましょうか?」


 エステルの元気な声を聞き、うつうつとしていたシモンの心が洗われた。

 こちらも元気が出て来る。


「おはよう、エステル! じゃあ、早速来てくれるか。でもお茶は大丈夫、俺がれたから、良かったらご馳走するよ。とっておきのハーブティーだ」


「わあ、嬉しい! では、お言葉に甘えて、ご馳走になります! すぐ参ります」


 エステルは嬉しそうに声を弾ませた。


 ひと言「通信を切る」と断り……

 通話を切ったシモンは、おもむろに新しい茶葉をポットに入れた。

 朝一番から、素敵な女子と仕事が出来るとは。


 去年の今頃は、迷宮で魔物や腐った不死者アンデッドと戦っていたのに。

 変われば変わる。

 360度?

 否、それでは迷宮へ逆戻り。

 180度、生活と仕事が変わった!


 何と素晴らしい!

 ライトサイドな職場万歳!

 という感じだ。


 やがて……

 エステルが来る気配を感じたので、改めて給湯器のお湯を入れ、ハーブティーを淹れる。


 と、その時。

 リズミカルな気持ちの良いノックが、局長室の扉へ為される。

 ジャストなタイミング、ビンゴであった。


「エステルです」


「ああ、入ってくれ。ちょうどハーブティーを淹れたところさ」


 シモンが答えると扉が開き、エステルの姿が現れた。


「失礼します! わあ、ハーブティー、楽しみですっ!」


 笑顔いっぱいのエステルは昨日とはデザインの違う、お洒落なスーツを着込んでいた。

 彼女は容姿端麗で、聡明、性格も良い。

 何度見ても、やはり素敵な女子である。


 大学の同級生だというが、もしも見かけても高嶺の花だったろう。


 自分ごときの秘書にはもったいない。

 シモンは強くそう思う。


「じゃあ、仕事の前にお茶しよう」


「はいっ!」


 ここで、突如異変が起こった。


 元気良く返事をしたエステルは……

 何故か、黙ってハーブティーを飲んだのである。


 局長の室内を、急に冷え冷えとして空気が漂う。


 ヤバイ気配を感じ、シモンがエステルをチラ見すると……


 ハーブティーを飲み終わったエステルは表情が一変、顔をしかめ、厳しい眼差しをシモンへ向けている。

 

「……局長。ハーブティーも頂いたし、もう仕事に入っても宜しいでしょうか?」


 何か、俺、彼女の気にさわる事した?

 わ、分かんね~!

 何が悪かったのか、分かんね~よぉ!


 シモン心から放たれる混乱の叫び。

 

 改めて実感する。

 己が女子の細やかな気持ちには、超が付くほど疎いと。


 充分自覚しているシモンは、上手く返事を戻せず、噛んでしまう。


「は、は、はいっ!」


 エステルが何故、急に冷たい波動を出したのか?

 

 彼女が水属性の魔法使いだから?

 面白いおとぼけだが……そういう話ではない。

 

 エステルが急に不機嫌となった理由は、すぐに判明した。


「局長。申しわけありませんが、お仕事に入る前に確認したい事が一件あります。私は、とても気になっているのです」


「は、は、はい! 確認どうぞ」


 ただならぬ雰囲気にびびったシモンが噛みながら言葉を戻すと、

 エステルは、軽く咳払いし、話し始める


「こほん。本日、業務が終了した夕方に、アンドリュー・ラクルテル公爵閣下がこちらへ、お見えになるようです。……お心当たりがありますか?」


「えええ? ラクルテル公爵閣下ぁ?」


 アンドリュー・ラクルテル公爵?

 わお! クラウディアの父親だ。

 夕方、こちらに来る?

 多分、娘を助けてくれた礼だけ告げに来るのだろう。


 つらつら考え、説明しようとするシモン。

 しかし、反論?の間を与えずに、エステルは問う。


「はい、局長はご存知でしょうか? ……私、いろいろとお聞きしました」


「え、え? き、聞いたって? な、な、何を? ど、ど、どういう事?」

 

 一体何を?

 エステルは、何を聞いたというのだろうか?


 シモンは、びびりながら……エステルの言葉を待ったのである。

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