第41話「思いがけぬ再会④」

 貴族令嬢の名はクラウディア。

 上級貴族たるラクルテル公爵家の長女であると分かった。


 クラウディアは顔をそらせ、見下すように言う。

 こういうタイプは、完全に『悪役令嬢』じゃないかと思ったが、

 もし言えばクラウディアが超激怒するのが「確定」である。

 なのでシモンは黙っていた。


「シモン! 貴方が私を助けてくれたのがもしも本当なら、リゼットにも言われたし、とりあえずお礼を言っておくわよっ!」


「いや、良いよ、礼なんて」


「駄目よ! わざわざ言ってあげるのだから、しっかりと聞きなさいっ!」


「分かった。じゃあ、言ってくれ」


「ふ、ふん! あ、あ、ありがと! 助かったわ!」


 鼻を鳴らし、噛んだ上に、極めて短いお礼。

 吐き捨てるように言ったクラウディアは、シモンの正面から、ふいっと顔をそむけた。

 どこかの高所から、思い切って飛び降りたという雰囲気である。


「……………」


「何、反応なく黙ってるのよっ! これで良いでしょっ! この私が平民へお礼を言うなんて今まで一度たりともないのよっ! ありがたく思いなさいっ!」


「ああ、ありがたく思うよ」


 ここまで会話を続け、シモンは……ホッとした。

 

 何故、ホッとしたのか?

 改めて気付いたのだ。

 やはり『大丈夫』であると。


 苦手な女子……クラウディアと正対し、話し、見つめ合ってもノープロブレム。

 全然あがったりしないからである。

 

 思いっきりガンガンさげすまれてはいるが、悪役令嬢クラウディアのお陰と言えなくもない。 

 

 やはりカップルだらけ、女子だらけの『カフェトレーニング』のたまものなのか。

まさに雨降って地固まる。

 今後、秘書のエステルともより上手く話せるに違いない。

 

 女子とのコミュニケーションに自信を深めたシモンは、クラウディアとの会話を続けて行く。


「ふ~ん。でも君は……公爵家のお嬢様だったのか」


「な、何よ! 私に対して、その反応の超薄さはっ!」


「いやいや君に反応が超薄いって、じゃあ、どういう反応すれば良いんだよ」


「え? あの高貴な! とか、凄い家柄ですね! とか、ストレートにお美しいとか! よっ!! ちゃんと、驚きのけぞるアクションも付けなさいっ!」


「いやぁ……驚きのけぞるアクションもって、そんな超ベタな反応は、絶対に無理だって」


「んまあ!」


 シモンの物言いを聞き、クラウディアはむかっとしたらしいが、

 更にシモンがひと言。

 

 クラウディアへ『対女子の克服』感謝の気持ちも込めて。


「ありがとう! 君のお陰だ!」


「え? 何それっ! 何故貴方が、いきなり私へお礼を言うのよっ!」


「いや、何でもない。まあ、その様子だと、何事もなく無事みたいだし、良かったよ」


「え? 良かった?」


「ああ、元気になって良かった。君はとても可愛いしね」


 君はとても可愛い。

 

 クラウディアは、自ら自慢し告げておきながらも、

 さりげなく且つ改めてシモンから言われ少し嬉しかったようだ。

 慌てふためき、頬を少し紅くした。


「か、可愛いっつ!? わ、 わ、私がっ!? ま、ま、まあ! と、当然ですわっ! い、い、今頃! き、き、気が付いたのですかっ!!」


 と、ここでシモンに聞き覚えのある声が。

 

「お~いっ! シモンく~ん。どうしたのっ!」


 遠くから呼びかけて来たのは、アレクサンドラであった。

 先ほど話した騎士あたりから……

 シモンとクラウディアとのやりとり等が、長官室へ連絡が行ったらしい。


 アレクサンドラは「たったっ」と駆け寄って来た。

 首を傾げながらクラウディアへ問う。


 上級貴族家ラクルテル公爵家の令嬢と部下シモンのつながりなど、皆目見当がつかないようだ。


「クレア! どうしたの? ウチの局長と何かあったの?」


 アレクサンドラから愛称で呼ばれ、事情を尋ねられたクラウディア。

 今までの高慢な態度が影を潜める。


「あ! サーシャ姉! い、いえ、ちょっとですね……ウチの侍女がうるさくて」


「え? リゼットちゃんがうるさい? 一体どうしたの?」


「え、ええ……ちょ、ちょっと。私は、良く憶えていないのですが……」


「え? 良く憶えていないって? どういう事?」


「ううう……」


 アレクサンドラの質問に対し、クラウディアは口ごもった。

 やはり気を失っていたから、シモンが救ってくれたのだと確信が持てないらしい。


 ここで「証言する」のは、やはりというか侍女リゼットである。


「ブランジェ伯爵様! 私リゼットは全てを見ておりましたっ! そしてしっかり憶えておりますっ! シモン様は、お嬢様と私を悪漢からお救いされた大恩人なのですっ!」


「ウチのシモン君がふたりを救った大恩人? 本当?」


「はいっ! 本当ですっ! 間違いありませんっ!」


 アレクサンドラは、改めてシモンとクラウディアを見つめた。

 

 すると……

 シモンは苦笑。

 片や、クラウディアは、さきほどシモンが可愛いと褒めた時の頬の紅さが残っている。


「うふふ、クレアとシモン君は何か、わけありって、感じね。じゃあ、リゼットちゃんも一緒に、全員に詳しく事情を聞こうじゃない。護衛の騎士さんだけは悪いけど、1階ロビーで待っていてくれる」


 こうして……

 シモンと、クラウディア、リゼット主従は、王宮内で思いがけなく再会。

 

 サーシャ姉こと、アレクサンドラの部屋で改めて話をする事になったのである。

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