第40話「思いがけぬ再会③」

 「すたすた」と足早に、逃げるように正門へ歩いて行くシモン。


 何か、かかわると面倒になるとか、悪い予感しかしない。

 ヤバくならないうちに、速攻で帰りたい。

 物言わぬ彼の背中がそう語っていた。


 しかし貴族令嬢と侍女リゼットはあきらめない。


「急いで! リゼット! アンヌ! あいつの行く手を、私と一緒にふさぐのですっ! 早くっ!」


「はいっ! 心得ましたっ! お嬢様っ! でも! けしてあいつなどと仰ってはいけませんよっ! お嬢様を救ってくださったお方なのですよっ! 恩人なのでございますよっ!」


「お嬢様、アンヌはあの男をただ止めるだけで宜しいのですねっ!」


 「ばらばらばらっ」とベタな擬音が聞こえるような形で、貴族令嬢とリゼット、そして女子騎士の3人が、シモンの目前に立ちはだかった。

 

 可憐で小リスのような栗毛のリゼット、凛々しい黒髪の女子騎士とは対照的。

 金髪碧眼きんぱつへきがんの貴族令嬢は正統派の美人タイプである。


 シモンは改めて、貴族令嬢を「観察」した。


 小さな顔。

 美しく流れるような長い金髪。

 宝石のような碧眼。

 すっと通った鼻筋。

 可愛く薄い唇。

 きめ細やかな肌。

 スタイルもバランスが取れていた。 


 顔立ちは少し冷たい印象を受けるが、クールビューティといって良いだろう。


 貴族令嬢は、とおせんぼをする格好で両腕を左右に大きく広げ……

 疑わしそうないぶかしげな顔付きで、シモンを見つめていた。

 目の前に居るシモンが、襲った悪漢から自分を助けたとは全く思っていない。

 そんな感じだ。


 貴族令嬢がまず尋ねる事は決まっていた。

 シモンの、はっきりとした素性確認である。


 ここで、貴族令嬢だけがずいっと一歩、前に出た。


「ねぇ! リゼットから聞いたけど、自分で名乗ってよ! 貴方、名前は? 本当に王国職員幹部なのぉ? ちゃんと身分証見せてよっ!!」


 「わんわん」ほえる貴族令嬢が、すこぶる元気なのを見て、シモンは少し安堵する。

 自分が行使した治癒魔法ちゆまほうは上手くいったらしい。

 女子が苦手な自分も、この子とならエステル同様……普通に話せるのかな、とも思う。

  

 取り調べをする衛兵の如く、質問する貴族令嬢に対し、シモンは正論を戻す。


「いやいや、身分証見せろって、……君さ。相手に名前を聞くのなら、先に名乗るのが礼儀だと思うけど……」


 貴族令嬢は、反論されるのがお嫌いなようだ。

 眉間にしわを寄せ、美しい眉を逆立てる。

 

「何ですってぇ! 私が先に名乗れ?」


「ああ、普通はそうじゃないのかな?」


「はあ? 何言ってるの! 貴方は所詮、下賤げせんな平民でしょ! 高貴な私に向かって超生意気なのよ!」


 ここでようやく、警備の若い騎士が駆けつけて来た。


「シモン局長、どうしました? お取込みですか? クラウディア様と何かおありですか?」


 騎士の言葉から、貴族令嬢の名が判明する。

 クラウディアというのか……

 シモンはうんざりという表情で、騎士へ言葉を戻す。 


「いや、何でもないけど……この子達が帰らせてくれないんだ」


「はあ……局長、あの……老婆心ながら、ご忠告致します。クラウディア様とは上手くおやりになった方が宜しいかと思います。……では、失礼致して、任務に戻ります」 


 騎士は苦笑し、「かかわりたくない」という感じでそそくさと去ってしまう。

 

 ここは……騎士の忠告を受け入れる事としよう。


 騎士が去ったのを見て、貴族令嬢――クラウディアが叫ぶ。


「ふん! 何ぐずぐずしてるのよ! さっさと名乗って、身分証見せなさいっ!」 


「はいはい……俺は下賤げせんな平民シモン。シモン・アーシュだ」


「ふむ! よっし! シモン・アーシュね! リゼットから聞いた姓名は一致したわっ! 次は身分を証見せなさいよっ!」


「はあ、じゃあ、どうぞ。まあ、こんな感じですが……」


 シモンがミスリル製の身分証を差し出すと、クラウディアはひったくるようにして取り、記載されている名を念入りにチェックした。


「へぇ! 意外! 嘘じゃなかったのね! こんな若い平民如きが王国復興開拓省の局長って……サーシャ姉の部下だったのぉ!?」


 サーシャ姉の部下?

 アレクサンドラ長官の愛称?

 愛称プラス姉?

 ますます嫌な予感しかしない。

 

 だが……

 これで『クラウディア様』の気は済んだであろう。

 もう、いいかげん帰りたい。

 解放して貰おう。 


「じゃあ、そういう事で。帰るから、身分証を返してくれるかな?」


「あんた! 何よ、そういう事って! 私の名前は聞かないのっ? 気にならないのっ!」 


 何それ?

 面倒な子だ。

 シモンはうんざりする。


「いや、最初から聞いてるけど……」


「何ですってぇ! また反論する気ぃ!? 許さないわよっ!」


 激高するクラウディアに、侍女リゼットが「待った」をかける。 


「お嬢様、落ち着いてください。お救い頂いた方なのですよっ!」


「わ、分かったわよ! よっく聞きなさい! ……私はね、クラウディア・ラクルテル。高貴なるラクルテル公爵家の長女なのよっ、ふん!」


 最後には偉そうに鼻を鳴らしたお嬢様は……

 本当に上から目線のお嬢様であった。


 「この方とは上手くおやりになった方が宜しいかと……」

 騎士から忠告された『意味』が分かった。

 

 彼女の名はクラウディア、クラウディア・ラクルテル。

 ティーグル王国では王族に準ずる最が付く上級貴族家、ラクルテル公爵家の長女だと判明したのである。

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