第32話「初出勤!①」

 シモンが正式に契約を交わしてから1週間後……

 いよいよ、王国復興開拓省への初出勤となる。


 この1週間、シモンは自分的には思い切り「のんびり」出来た。

 新居へ引っ越してからは、尚更である。


 改めて住んでみて、新居はまさに快適。

 バイヤール商会不動産部が「最も推しの物件だ」と勧めて来ただけはある。


 勤務先の王宮内にある王国復興開拓省から徒歩10分、5LDKのバルコニー付きの2階建て。

 敷地には芝生が植えられた庭&地下室&馬車駐機場付きの貸家。

 魔導システムによる冷暖房、給湯付き。

 収納たっぷりの使い勝手の良い厨房も、シャワー付きの広い風呂も、のんびり出来るトイレも、

 大いに気に入っていた。

 

 1年の大半をトレジャーハンターとして……

 人跡未踏たる辺境の遺跡、迷宮、洞窟、山、森、ジャングル、砂漠、池、沼、湖、川、海等々世界各地を飛び回り、 魔物や不死者アンデッドと戦いながら、お宝を探す毎日。

 

 ねぐらは良くて雑魚寝のオンボロ宿屋、大抵は現場で硬い石の上に安物の毛布を敷いて野宿をした。

  

 外敵に襲われないよう、意識の一部は目を覚ましておき、すぐ起きられる特殊な仮眠は当たり前。

 数日連続の徹夜もザラ。

 

 そんなダークサイドな暮らしに比べれば、ふかふか柔らかく温かいベッドで安眠出来る新居の暮らしはまさに天国に近い楽園であった。


 また休息の時間、期間もそうだ。

 1週間!!

 

 大事な事だから再び声を大にして言おう。

 1週間も休む事が出来たのである。

 

 実は……

 今までコルボー商会から与えられた休みは最高でも2日間。

 なので、この1週間はとんでもなく長く感じた休みであった。

 

 普通の人には、たった1週間の休息かもしれない。

 しかし、シモンにとってこの1週間は1か月、否!

 1年にも感じられる安息の日々であった。

 これまで命を削って来たトレジャーハンター生活の反動が出たといえよう。


 しかし、のんびりといっても、違った。

 この1週間「のんべんだらり」と過ごしていたわけではなかった。


 元々、シモンは生真面目で、凝り性である。

 この1週間も無為に過ごしたくない。

 充実した休みにしようと心に決めていた。


 先日取得したばかりの魔法鑑定士ランクAの資格もシモンのモチベーションを大幅にアップさせている。

 

 持ちうる知識はいくらあっても邪魔とはならない。

 速読のスキルをフル稼働し、ありとあらゆる分野の本を数百冊読みまくった。

 そのほとんどを丸暗記。

 

 レベルアップを目指す付呪魔法エンチャントに関しても、新居でず~っと訓練を続けていた。

 

 こちらは朗報!

 思考錯誤しこうさくご、トライアルアンドエラーの末……

 遂に、収納魔道具の試作品が出来たのだ。

 

 バイヤール商会で購入したミスリル製の腕輪に、空間魔法を付呪エンチャントし、テストを兼ねて、自分用の収納魔道具として使用を開始したのである。


 そして、今回の就職にあたって一番の懸案事項の解消にも努めた。

 女子が苦手という大問題のクリアである。


 アレクサンドラ、リュシー、レナの3巨頭は何とかクリアしたのだが……

 他の女子が大丈夫かといえば、全く自信がない。


 ストレスはとてもかかるが……

 カップルだらけ、女子客が圧倒的に多いお洒落しゃれなカフェへ良く出かけたのだ。

 

 変に思われないよう、「この店を凄く気に入ったんだ」という雰囲気をかもし出し、ランチを何度も食べた。

 そのせいで少し太った……


 いくつかの店に何度も通っているうちに……

 店の若いスタッフ女子とは、挨拶を交わすようになり、

 冗談を言い合い、他愛ない雑談も可能なぐらいとなった。

 これで『女子対策』はほぼ万全と思えるようになった。


 更にトレジャーハンターをしていた時の癖で、時間を作っては、まめに身体を動かした。

 自宅でのストレッチ、腕立て、腹筋は必須。

 馬車を使わずに徒歩、時にはランニング、ダッシュも。


 さてさて、話を戻そう!

 

 そんなこんなで1週間が経って、初出勤日当日。

 魔導目覚ましの必要はなく、シモンは8時30分の出勤時間よりずいぶん早い午前4時にとび起きた。

 

 速攻で風呂に入り、ひげをそり、さっぱり。

 そして朝食の支度。

 

 食事はゆっくり食べる。

 買っておいたパンを温め、熱い紅茶という簡単なものである。


 そして着替える。

 今回の初出勤にあたっては、一番のお気に入りとなった濃紺の法衣ローブをまとった。

 ちなみに、バイヤール商会へ発注した高級オーダー品はまだまだ完成に時間がかかるとの事で、仕上がって来ていない。


 これまでシモンは、値段が安ければ良いと、品質やデザインは二の次で服を着て来た。

 

 この法衣はセカンドハンド商品なのだが、今まで来ていたブリオーより数倍以上の高級品なのである。

 かといって、母の手縫いである着古したつぎだらけのブリオーに、とても愛着があるシモンは、けして捨てたりはしなかった。


 現在、午前7時30分。

 王国復興開拓省までは、徒歩10分。

 当然徒歩。

 全然余裕。

 

 午前8時30分の出勤には、少し早すぎるが、さあ出撃!

 遅刻するより、何倍も良いと思う。

 

 最初が肝心。

 ファーストインプレッションは重要だ。


 テスト中たる収納の魔法腕輪に、着替え、筆記用具、書類等を放り込み……

 シモンは自宅を出た。


 出かけるシモンへ、あちこちから温かい声がかかる。

 両隣、周囲のご近所さんには、王都でも有名な焼き菓子店の詰め合わせを持参し、挨拶を済ませていたからだ。


 シモンの隣人は、騎士爵家。

 夫と夫人、小さな娘、息子の4人家族。


 庭で植木に水をやっていた若い夫人が、出勤するシモンを見て、笑顔で声をかけて来る。

 大の菓子好きという事で、シモンの手土産を大いに喜んでいた。

 引っ越して来たのが、王国幹部職員という事もとても喜んでいた。

 

「あら! シモンさん、お出かけ? まだこんな早い時間に?」


「はいっ! 実は今日から初出勤なもので」


「わあ! 今日が? 頑張ってねぇ! 行ってらっしゃ~い!」


「行ってきま~す!」


 隣家の奥さんは明るく気立ての良い人で、夫と熱々であった。

 

 結婚は地獄だと、いろいろな人から聞いたが……

 隣人家族を見れば結婚も悪くない……シモンはそう思う。

 

 しかし、彼女いない歴24年になろうとするシモンには結婚など、夢のまた夢。

 まずは『女性との付き合い方』になれる方が先決である。


 夫人には見えないよう苦笑したシモンは、顔を横に振り、

 元気良く歩き出したのである。

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