#43 藤井刑事は立ち向かう
あの後、俺と会長は電車に乗って、互いの乗り換え駅で別れた。会長の表情は心なしかスッキリしたように見えた。良かった、聖那さんに頼ってみて。
さて、会長は玲香への気持ちに気づいたみたいだし。後はちゃんと返事をするだけだ。それくらいはしっかりしてくれよ会長。
てなわけで早速、華音の一件を解決するといたしますか!
……って、手がかりは何もないに等しいんだけどな。
夏頃から突如生じた怪奇現象。
時刻はいずれも午後9時前後で、2〜3日に1回のペース。具体的には華音の部屋に置いてあるものがガタッと音を立てるとか、よく分からん小さな破壊音がするとか、シャンプーが突然戸棚から落っこちるとか。
そこで華音に頼まれ、1日だけ一緒に朝までいたのだが、何も異変は起きず。朝方急にガチャガチャする音にビビったものの、その正体は隣人の聖那さんだった。
聖那さんは怪奇現象が起きる時間に家にいないと言うから、聖那さんの部屋でも同様の現象が起きているかどうかは不明だ。だが、この物件はいわゆる“事故物件”ではない。もし事故物件なら、隣の部屋も多少の影響を受けるだろう。しかしそうではないらしいので、聖那さんの部屋でも異変が起きている線は現在薄いと考えている。
聖那さんの男友達とかヒモみたいなの(いれば)が、状況を報告してくれたらいいんだけどなぁ。と思ったが、そもそもベロベロの状態で聖那さんの部屋に転がり込みそうなので、注意機能は完全に麻痺していて使い物にならないだろう。
……とまぁここまでミステリっぽく考察を進めたはいいのだが、分かったことは特にありません! 何も分かりません!
今最も考えられるのは、“誰か”が故意に華音の部屋で悪さをしているという可能性。ちなみに俺が訪れてから、華音の部屋では異変が起きていないらしい。「前に異変が起こってからもう5日経つのに、何も起きないの。妙だよね。それとももう収まったのかな?」とさっき連絡が来ていた。やはり、何者かが俺に気づいて動きをやめたと見る方が良いか。
ただ、そんなことをできる奴はどこにいるんだ?
そこで、俺の頭に1人のシルエットが浮かぶ。
——まさか。
でもなぁ、さっきだってカイさんが聖那さんの常連とかいう“まさか”が起きちゃってるわけだし、100%ないとは限らない。
俺は自室での推理をやめて、階段を下りた。
「なぁ悠馬、話あるんだけどいいか」
『どうしたの……って、ちょっとだけ待ってて』
「おう」
悠馬は食器洗いを終えて、洗濯機のボタンを押してからソファに座る。前掛けで手を拭きながらやってくるその姿は、完全に筋金入りの主婦である。
『お待たせ。で、何? 話って』
「あぁ。……あのさ、お前、何かしてるか?」
『何かって何よ』
まぁそうですよね。こんなざっくり聞いちゃいかん。
「ごめん。えっと、人の部屋で物音立てたり、物落としたりってのたまにしてるか?」
『えっ?……えっ』
え、待って。まさかなの? その虚をつかれた顔はまさかなの?!
悠馬は頭を垂れる。そんな……俺の、いや、俺達の好きな女の子にそういう悪質なちょっかいを出すのはさすがに幼稚すぎるだろ……。
『まさか、京汰にバレる日がくるなんて』
「マジでやってたの?!」
『……うん。ごめん』
「いつから? 何時頃? ペースは?」
『夏ぐらい……夜9時くらいで、2〜3日に1回、かな……』
すごく弱々しい声の式神。聞けば聞くほど、華音の一件とドンピシャじゃねえか。何やってんだよお前は!! 華音に彼氏がいたのがそんなに悔しかったのか? だから無言の抗議をしたのか? それで、華音と俺に感づかれてやめたのか? お前そんなちっこい奴だったか?
「おい悠馬。なんでそんなことしたっ! 相手が怖がってるとか、そのせいでうまく眠れないとか、そういうこと考えたことあんのか! あん?!」
『ごめん、その、ほんの出来心で…………ほらあの2人、オカルトとか心霊とか楽しそうに話す人達だからさ。きっと身近に起こった経験がないからそうやって楽しむんだろうなと思って、バケモンの境地からお灸を据えようと……』
ん? 2人? 華音って2人で住んでんの?
「ん? えーと、2人って誰だ」
『え? それは……カイくんとリュウくんのことだけど……』
はい?
「カイさんとリュウさん?! 悠馬、他の人にはやってないのか?」
『え?! やってないよ。ぼ、僕は2人がちょっと怖がればいいと思ってただけで……!』
まさかの双子にポルターガイスト仕掛けてたとは。何やってんだこいつは!
でもバ先でも、2人からそんな話は聞いたことがない。多分2人は気づいていない。そんな報われない怪奇現象あるかよ。
とりあえず、悠馬は華音の一件には関わっていないらしい。そんな幼稚な奴じゃないもんな。カイさんリュウさんへの悪戯は不問にしておこう。むしろ気づくくらい派手にやっていいと思うぞ。
『ねえ、他の人って誰のこと言ってるの?』
「えっと、それは……」
『だーれ?』
「……華音だ。華音の所でも、全く同じようなことが起きてる」
悠馬は『ふぇっ?!』と驚く。俺は華音の家に行った時のことを簡単に話した。悠馬は『朝帰りしたから何事かと……』と言ったが、その瞳にははっきりと安堵の色が見えた。大丈夫、俺は本能を封印したさ。お前と正々堂々闘うために。
しかしその直後、もしかして、僕がその犯人だって疑ったの?! と悠馬は目を見開く。
「あ、や、だってそんな芸当ができるのって、お前くらいしか……」
『ひどいひどすぎる! 僕が華音ちゃんを困らせることするわけないじゃん! 僕そこまで嫌な奴じゃないし! ふーん、京汰は僕のことそうやって見てたんだ。ほんっと最低!』
まるで彼氏に浮気を疑われた彼女のよう。とか本人の前では絶対に言えない。フンスフンスと鼻息荒くして『もう知らない!』とどこかへ消えていく式神を、俺は茫然と見つめていた……。
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