第2話 旅立ちにハプニングは付き物で?

 陽気に照らされた沿道で、ゆっくりと進む馬車。


 心地の良い揺れに体を任せた俺とユメルは、お互いに寝転びながら、これからについて話していた。


「なぁ、リオはどんなエルフと一緒に戦いたい?」


 ユメルの質問に声をうならす。


「どんな……か。生まれてこの方エルフと話したことすらないし、学園に入ったものの契約ペアを交わせないまま過ぎちゃいそう……」

「……あの学園に入学する奴で、エルフと話したことすらないのリオくらいだと思うよ?まぁでも、ちゃんと妖精剣士シェダハになれるかは、僕も不安なとこ」


 少し楽しそうに、ユメルは憂いをたたえた。


 俺達が現在向かっているのは、中央大陸に位置するフィレニア学園という地であり、妖精剣士シェダハを育成・輩出することを目的とした名門校だ。


 もう数えることもできない大昔。


 人間ヒューマン妖精エルフが共存し平和だった大陸に、魔王と名乗る異形の者が突如として出現し、魔物や魔族が放たれた。そして、結果的におおよそ世界の半分ほどを支配されるという事態にまで陥る。


 人ならざる者達が跋扈ばっこする混沌とした世界の中、立ち上がったのはその時代の王女と勇敢な一人の妖精剣士シェダハ


 この二大英雄の心臓二つを対価に、人口が半分以下に減るという最小限の被害で何とか魔王を退けたが、二人の英雄の強大な力と命を以ってしても魔王を完全に消滅させることはできなかった。


 極限の戦いから生き延びた魔王は、力を蓄えるために一度眠りにつき、刻一刻と復活の時を迎えつつある、というのが今の世界の状況だ。要するに、とてもかんばしくない。


 そんな、来たるべく魔王復活を食い止め、魔の者達から奪われた領土を奪還するため、選ばれた妖精紋の適合者のみ十六歳になると、妖精剣士シェダハという特別な職に就くための学園に通う権利が与えられるのだ。


「運良く俺達二人とも適合者だったわけだし、最大限頑張りたいけどなぁ」

「運じゃないよきっと。僕達、ずっと夢見てたじゃん!きっと、神様が祝福してくれてるんだ!信じれば叶う!」


 晴れやかな笑顔でそう言ったユメル。


 そんなユメルを見ていると、本当になるべくして紋章を与えられたのかもしれないなとそんな気がしてきて、少しずつ不安な気持ちも薄れいく。


「きっと僕のエルフは、巨乳で、スタイルがえっろい美人なお姉さんタイプなんだろうなぁ……」

「お前下心見え透けすぎ。……なぁ知ってるか?エルフにも、選択の自由があるってこと」

「あぁ、もちろん知ってるよ!僕みたいに、顔良し、身長良し、筋肉良しの優良男児、引っ張りだこだと思うけどね!」


 ユメルは鼻を鳴らし、声高々に言う。


 まぁ、確かにこいつは黙ってれば見てくれも悪くないし、身長も高ければ、筋肉質でもある。ただ、個性的過ぎるというか……率直に言ってしまえば、性格に難ありの変人で小心者。


 おそらく、豊満な身体をした美人な妖精エルフを、遠くから眺めてる時は鼻の下を伸ばしているくせに、いざ本当に話しかけられたら、オドオドとキョドって俺に助けを求めてくるのだろう。なんか、想像したら笑いが込み上げてくる。


「……ぷっ」

「あー!お前、今笑ったなコンニャロー!」


 ユメルは、思わず笑ってしまった俺の胸ぐらを掴み、グワングワンと揺れ動かす。


「おい!笑った理由を説明してもらおうかー!」

「いや、ごめんて…………くくっ。ヘタレなお前が、エルフの前ではモジモジして、後で俺に泣きついてくるの想像したら、つい……ぷぷっ」

「せめて笑わずに謝罪しろ!」


 激情し掴みかかってくるユメルに、「ごめんごめん」とヘラヘラしながら笑う俺。     

 そんな俺達を眺めながら、微笑み手綱を引く御者のおじさん。


 ほのぼのとした日常の光景が映し出されているこの空間で、これからの不安も、新天地に向かう緊張も、今だけは忘れられる。


 しばらく馬車の上でじゃれ合っていると、御者のおじさんが声をかけてきた。


「さぁ、見えてきたぞ!君達が踏み込む、新たな地が!」


 おじさんは高らかに声をあげ、それに反応し頭を外に出す俺とユメル。


「「すっげー!」」


 思わず声が重なってしまうほどに、初めて見るその光景は圧巻だった。


 街全体が高々とした城壁に囲まれていて、まるで要塞のようであり、中でも目を引くのは、街のど真ん中にそびえ立つ巨大な城。


 美しい色基調や華やかさなどは一切なく、ただただ高くて、大きいだけの無愛想な建物——この都市に起こりうる全ての犯罪を断罪する監視塔のような、そんな印象を与えてくる城っぽくないそれ。


「ここが、これから僕達が暮らす場所。争闘都市イリグウェナ!」


 初めて見る都市、初めて見る光景。この緊張感、心の躍動感。全てが今までに味わったことのない感覚。


 自分の胸が、極限まで激しい伸縮運動の限りを繰り返しているのを感じ、全身の筋肉が強ばる。


 視界いっぱいに映る景色に圧倒され、棒のように立ち尽くしている俺を見たユメルは、ニヤッと不敵な笑みを浮かべていた。


「もしかしてリオ、ビビってるの?」

「ッ!は、はぁ?ビビってるわけないだろ?」

「あはは!リオは昔からビビりだもんなぁ……」


 呆れながら、「やれやれ」とほくそ笑むユメル。


「だからビビってないって……」


 俺がユメルに反論しようと近付いた時、ふと視界の隅で動く何かを発見した。


 その物体は、猛スピードでこちらに近付いており、俺達との距離が縮まっていくにつれて、その形状がはっきりと分かるようになる。あれは……


「……ユメル!人がぶっ飛んできてる!」


 説明のつかない状況に、慌ててユメルの幾分か後方を指さした。


「……え?リオ、お前何言って……」


 当然ながら、俺の言っていることが今ひとつ理解できていないだろうユメルは、いぶかしげな表情を浮かべながら、ゆっくりと俺が指さした方向に視線を向けた。


「…………」


 黙り込んだユメル。 


 そして、ゆっくりと俺の方に首を向け直すユメルは、スーッと息を吸った。


「ぎゃぁあ!!ほんとじゃん!!何あれ!人がぶっ飛んできてるんだけど!」


 目ん玉が飛び出んばかりに驚くユメル。


 着実にこの馬車との距離を縮めるその人は、止まる気配は全くない。

 てかあの速さじゃ、自分で止めようと思っても多分止まらない。


──ぶつかる!


 衝撃に備えた姿勢を取る。


 しかしそれは、間一髪激突するかしないかのスレスレで奇跡的に馬車を回避した。そしてそのまま、物凄い轟音をたて地面に激突する。


 理解不能なこの状況に本気で困惑するも、俺とユメルは慌てて馬車から飛び降り、その人物の安否を確認しに行った。


「あの……生きてますか?」


 呼びかけてみるが、反応がない。


「し、死んで……ッ!」

「痛ってぇ!!」


 ユメルが言い終わろうかとしたその時、勢いよく飛び起きたその男は、体を上げた拍子に勢いそのままの頭突きでユメルのことを吹き飛ばす。


「ぐへ……っ!」


 ユメルが苦悶の声をあげた。


 その声で近くに人がいることに気が付いた男は、少しばかり驚いた表情を浮かべるが、すぐに爽やかな笑顔を作り、


「大丈夫かい?少年!」

「「あんたのせいだよ!」」


 俺とユメルの声が重なる。今日はなんだかやけに気が合うな。


「そうかそうか!これは申し訳ない!」


 男は後頭部に手を当てながら大口でガハハと笑った。


 てか、なんでこの人はこんなに元気はわけ?


 ユメルは辟易とした表情を浮かべており、俺は改めてこの掴みどころのない男を見る。


 がっしりとした体格に、これでもかとあらわにされた筋肉。大柄な体に似合わない爽やかな笑顔に、大人っぽく整えられた顎髭。何より、特徴的な青い髪。


……あれ、この人。


 既視感のあるその顔をまじまじと見つめ、俺の記憶と目の前の男を結びつける。そして、ある出来事、そこにいた人物と、目の前の男が頭の中で完全一致した。


「……もしかして……あの時の!!」

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