第735話 ヘッドフォン

あのおじさんは、いつもこの公園でヘッドフォンをつけている。一体何を聞いているのか。音楽好きな俺は、興味本位でおじさんに声をかけた。


「あの、いつもこの公園で何を聞いてるんですか?」

「妻の歌声を録音したものです」


おじさんの奥さんは、病気で亡くなったらしい。奥さんは歌が大好きな明るい人で、いつも歌っていたらしい。


「この歌はね。亡くなる少し前に病室で録音したものなんですよ。よくこの公園を一緒に散歩しました」

「なるほど。楽しい日々だったんですね」


そしておじさんは、再びヘッドフォンを耳に当てた。するとおじさんが涙を流した。


「ど、どうしたんですか?」

「今、妻の声が……。喋ったんです」


俺はヘッドフォンの片方を耳に当てた。


――あなた。聞こえる?

いつも歌を聞いてくれてありがとう。

私は、いつもあなたを見守ってるわ。

だからどうか長生きしてね。


それは奇跡の瞬間だった。

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