第三百九十四話・繋がり

Side:久遠一馬


 朝食を食べたオレとエルは、お清ちゃんと千代女さんに資清さんと望月さんを呼んだ。


 なんだろう。お清ちゃんと千代女さんの表情が固い。他家に行くのが嫌なんだよね? もしかして結婚が嫌なの?


 緊張するなぁ。こんなに緊張するのは久しぶりかもしれない。


「昨日エルから説明した、二人の縁組の話なんだけど……」


 感情を押し殺したような表情をされると言いにくいな。緊張しているんだろうけど。エルもみんなも側室を望んでいると言っていたし、オレもそう思っていたんだけど、不安がないわけではない。オレはそんな自信家じゃないし。


 ここで結婚自体を嫌だって言われると困るなぁ。


「二人を側室として迎えたいと思う」


「えっ!?」


 安堵とした表情の父親たちとは対照的に、お清ちゃんと千代女さんはびっくりしている。おそらく他家に出されると思っていたんだろうな。オレも資清さんたちと一緒にホッとしたよ。


「こういう言い方がいいか分からないけど、血縁で家中を統制しようとか、従えようとかは考えていないんだ。あくまでもふたりを、一馬として迎えたいと思う」


 嫌がっている様子はないので、話を続けてもいいだろう。


 オレの意志として最初に政略結婚ではない形にしたいんだ。あくまでも個人と個人の意思からの結婚にしたい。詭弁かもしれないけどね。


「忠義や働きには報酬とか地位とか形あるもので返すつもりだ。ただウチは日ノ本とは違う伝統と価値観で動いている。もしかすると苦労もあるかもしれない。そこは理解してほしい」


 ふたりに対する秘密の開示は当面行わないことにした。将来のことは分からないけど、隠居して島にでも引っ込む時が来れば、その時の状況で考えよう。


 それと懸案である老化しない問題については、オレとエルたちの不老化は一時的に効力を無効化することも可能なので、それで対処することにした。老化のスピードはこの時代よりはだいぶ遅いけど、それでもマシだろう。


 遺伝子操作で若返りも可能なので久遠一馬としての人生が終わったら、また若返ればいい。お清ちゃんと千代女さんに関しては、その時にでも選んでもらうつもりだ。


 さすがにふたりだけ老化していくのは可哀想すぎるからね。多少のアンチエイジングをすれば、若さの水準は同じになるだろう。


 ただそれでもふたりが側室になると、元の世界で外国に嫁ぐくらいの苦労はあるだろうけどね。


「本当によろしいのでございましょうか? 久遠家と殿のためには、私たちは互いに滝川家と望月家に嫁ぐべきではありませんか? せっかく他家からの縁談を断っていたのが無駄になるのではありませんか?」


 オレの言葉は意外なものだったらしい。戸惑うお清ちゃんは困ったように資清さんや千代女さんを見ていた。


 そんなお清ちゃんの代わりと言ってはなんだが、千代女さんが口を開いた。ただ言ってることは正しいが彼女も混乱しているんだろう。珍しく直接的な言葉の連続で疑問をぶつけられた。


「損得とか利害とかはいいんだよ。家中で上手くやる方法は他にいくらでもあるし、縁談を断る理由もまた考えればいい」


 やはり千代女さんは頭がいい。この時点でウチの損得をおおよそだが理解している。


「ですが……」


 千代女さんはそのままエルを見た。やはりエルの複雑だった心境も感じ取っていたのか。


「私たちも歓迎します。ただ人数が多いので多少は寂しい思いをするかもしれませんが」


「……よろしくお願いいたします」


「よろしくお願いいたします!」


 エルの言葉に千代女さんは、ほんのわずかな瞬間止まったが、すぐに返事をして深々と頭を下げてくれて、お清ちゃんもそれに続いた。


 でもさ。今にも泣きそうなほど喜ぶのはどうなんだろう。お清ちゃんと千代女さんも資清さんと望月さんもさ。みんな感極まった様子だ。


 エルと話し合って結婚式は正月にすることで考えている。アンドロイドのみんなが尾張に集まる正月がいいだろうからね。それとエルたちには言っていないが、彼女たちとの結婚式も一緒にやろうかとオレは考えている。


 一度きちんとするべきかなって思ってさ。


 あとは子供かぁ。この時代だと早く子供が出来ないと煩い感じなんだよね。


 ウチは面と向かって言われないけど、信長さんなんかは早くも孫の顔がなんて言われているしね。


 エルも意識しているらしい。はっきりとは言わないけどね。


 考えることがまだまだ多いなぁ。




Side:望月出雲守


 よかった。よかったな千代女。


 頭を下げたまま涙を我慢する娘の姿に思わずわしも感極まる。


 殿とお方様に憧れて、ずっと待っておった甲斐があったというものだ。


 理由は分からぬが殿は血縁による繋がりを好まれぬ。家臣ばかりか怪しげな他国の素破にまで温情をかけるお人なのにだ。


 忍び衆の子が熱を出したと聞かれれば体にいいからと高価な食べ物を差し入れされて、婚姻すると聞かれれば祝いを惜しみなく贈られる。


 皮肉なことだが望月家の娘という立場が、千代女の側室入りを難しくしておった。お方様が多いので不要と言えばそれもあるのだろうが、側におってまったく手を出されなかったのはむしろ血縁が原因であろうからな。


 家中の若い者が好きな相手を探せるようにということで、宴会や花見を開いておられるも、千代女は参加せずにお方様たちの手伝いをしておったのだ。




 血縁でなにかを求めるつもりはない。だがわしも千代女も、近江にはもう戻れんのだ。


 まさか禄と暮らしの違いが、近江の家ばかりか信濃の本家とも上手くいかぬ原因になるとは。人の欲というのは恐ろしいものよ。


 わしは一度も望月一族の惣領など望んだ覚えがないのに、信濃にはそれを危惧されておるし。近江の弟は、暮らしの違いが羨ましくて仕方ない様子だ。


 近頃では、弟がわしに対して尾張に来た者たちを返せと文を出そうとして、重鎮らに止められたと聞く。わしは殿のお許しを頂き、近江の家には多少なりとも援助をしておるのだが。それが止まると困るのが、あの弟には分からぬらしい。


 甲賀自体の様子もだいぶ変わった。伊賀と違いもともと束ねる者がおらぬため、皆が好きにしておった。それゆえに尾張に次々と人がやってきたが、それを禁じる家が出てくるとは。


 左様なことをしても上手くいかんということが分からぬとはな。尾張に人が来過ぎて甲賀に残る者の質が落ちたということか?


「どうしたのでござる?」


「いじめは駄目なのです!」


 そのままなんとも言えぬ静けさが場を包んでおったが、すず様とチェリー様が突然部屋に来られると一変した。珍しく驚かれた顔をして殿に異を唱えておられる。


「いや、いじめてないって。ふたりを家族として迎えることにしたんだ」


「おお! なるほど!!」


「よかったのです。後輩をビシバシ扱いてやるのです!」


 失礼ながらお二方はお歳のわりに幼いというかなんというか。


 ただ、千代女とお清殿のことを喜んでいただけたのはよかった。お方様が多いとはいえ、常に尾張に滞在されるお二方に嫌われれば困るというもの。


「すず様、チェリー様、よろしくお願いいたします」


「駄目でござる! 家族に様と付けるのは厳禁でござる!」


「ですが私たちはまだ……」


 千代女とお清殿は少し落ち着いたのか顔を上げてお二方に挨拶をするが、早くも口の利き方を注意されておる。世のならいと違い、他人行儀な呼び方がお二方としては駄目なのか。だがまだ婚儀もしておらぬのだがな。


「すずもチェリーもあんまりふたりを困らせては駄目ですよ」


 最後はエル様が笑って仲介してくださったが、すず様とチェリー様は遊ばれておったような感じだな。


 これで武芸が並の男をも遥かに凌ぐというのだから信じられん。




 ◆◆


 天文十八年秋、久遠一馬は滝川資清の娘、きよと望月出雲守の娘、千代女を妻として迎えると明らかとしたことが『久遠家記』や『資清日記』にある。


 清はのちに看護の方と称されて現代の看護師の基礎を築いた者であり、千代女は後に小智の方と称されて久遠エルらと共に政で一馬を助けることになる。


 これより以前からふたりは妾だと世間的に見られていたとの逸話もあり、この結果は妥当なものだと思われたようだが、一馬はふたりに若い時を自由に過ごしてほしいとの思いと、自ら伴侶を見つけてほしいと願ったため、婚礼までは手付かずだったとされる。


 一馬を動かしたのは一馬たちとふたりの身を案じた織田信秀と土田御前だったようで、織田信長ですら嫁ぎ先がないのならば自ら嫁とすると言ったと『資清日記』にある。


 婚姻に対する価値観が一馬と日ノ本では違っていたことは確かだが、信秀たちが猶子という立場以上に一馬たちを案じており、本物の親のように付き合っていたひとつの事例としてこの件が挙げられる。





 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る