第二百四十一話・尾張への帰還
side:滝川資清
秋となり田んぼの稲穂が頭を垂れる。野分など来ずに無事に稲刈りを迎えるといいのだが。
殿とお方様方の船もそろそろ戻られてもよい頃なのだが。少し帰りが遅いことで家中では案ずる者がおる。
もっとも十隻の船がすべて戻らぬなど、まずあり得ぬと聞いておるが。沖を走るとは言うが、御家にとってはすぐに陸があるのでまだいい航路なのだとか。
「あっ! 八郎様だ!」
仕事を片付けて少し庭に出ると、孤児院の子らがおった。夏も終わったとはいえ庭の手入れは欠かせぬ。時折こうして来ては働いておるのだ。
「精が出るの。無理をせずに励むのだぞ」
「はい!」
そういえば先ほど台所を覗いたらリリー様がおられたな。子らの飯と褒美の菓子を作られておるのか。
氏素性も定かでない捨て子を拾い育てるだけでも高徳な者くらいしかせぬというのに、御家はこの子らに学問や武芸を教えておる。
ただ、面白いのは中には才ある者がおることか。お清や家中の者も学問を教えたことがあるのだが、見込みがある者がおると驚いておった。
お方様のお言葉を借りるならば、誰にでもなにかしらの才はあるのだとか。それを捨て置くのは惜しいという。
わしなどには思いもよらぬことを御家ではしておる。わしに出来ることといえば、皆が憂いなく励み学べるようにするのみ。喧嘩の仲裁のようなものだ。
「ああ、八郎殿。清洲に参るので供をお願いします」
「はっ、すぐに支度を致します」
仕事を片付けるとセレス様の供を命じられた。お方様がたの登城は珍しくないとはいえ、供には相応の者もいる。甲賀の土豪風情であるわしごときが、織田の大殿どころか守護様にまで顔を覚えられてしまったわ。
留守中は殿の名代としてあちこちに出向くことも多い。婚儀などの祝いもあれば葬儀などの不幸もある。久遠家は尾張にあまり縁がないとはいえ、顔を出すべきところはあるのだ。
ふと西の空を見ると、故郷である甲賀を思い出す。今年の田んぼはいかがなっておろうか? 相も変わらず良うないとは尾張に働きに来るものの話から聞いておるがの。
ただ、御家では殿とお方様がたですら本領に戻られておらぬ。長く留守にして良いのかと案じてしまうが、本領の者からの文や船の様子から懸念はないらしい。
領地を治めるということでは、日ノ本よりも優れておるとわしも学んでおるところよ。
「お方様、あの柳生という者ら。良いのでございまするか?」
懸念は少し前にお方様に弟子入りを願い出て屋敷におる柳生の者らか。大和の国人と聞いておるが、わしも良う知らぬ。盗みなどせぬと思うが、いずこの家中にも愚か者はおる故にな。
「大丈夫ですよ。おかしなことをするならたたき出せばいいだけ。それに少なくとも新介殿は悪い男ではありません」
一時と違い、御家の屋敷も賊程度に荒らされるような備えではない。とはいえ中におる者だと少し勝手が違う。
わしも新介殿が悪さをするとは思わぬが、家中の者らを鍛えるにはちょうどよいのかもしれぬな。客人がいる時にいかに御家を守るか。
出雲守殿と相談して少し考えるか。
side:久遠一馬
「尾張だ!」
「やっと着いた!!」
帰路は長かった。順調で台風に遭遇しなかったのに十日も掛かった。
無論、途中では荒れ狂う海にも遭遇したし、佐治水軍の改造船の舵が壊れて修理したりと、行きとは違う苦労が満載だった。
下田を出て最初に見える陸地である志摩半島に、中継港の伊勢の大湊が見えると、涙を流して喜んでいる人もいたほどだ。
最後まで平然としていたのはオレたちと、信長さんや信光さんに慶次など一部の者と、船乗りのバイオロイドくらいかもしれない。
揺れる船内でもエルは編み物をしていたし、ケティは読書をメルティは旅の途中で描いていた絵の続きを描いていて、周りからは信じられないと言わんばかりの目で見られていた。
オレとジュリアは信長さんたちとトランプをしていたね。
「ようやく着いたか」
「船の旅は大変なのだな」
信長さんと信光さんも相応に船旅の大変さを理解したみたいだ。さすがに涙を流して喜ぶほどではないけど、船旅は危険と隣り合わせで、それでいて退屈なことは理解したみたい。
途中工事が進む蟹江とすっかり寂れつつある桑名が少し見えたが、寄り道せずに津島へと戻った。
みんな疲れてるだろうから荷降ろしは津島の人に任せて、佐治水軍を含めた旅に同行したメンバーは上陸して体を休ませることにする。
「お帰りなさいませ」
「お帰りネ」
「お帰り~!」
そしてオレたちは津島の屋敷で今夜は休むことにして、留守を任せたセレスやリンメイやパメラに資清さんたちの出迎えを受けていた。
ああ、ロボとブランカも一緒に津島まで来ているね。
「留守中、なにかあった?」
「はっ。まず桑名の件でございますが、商人と職人をそれなりの数で引き抜きに成功しております。それと桑名が集めた牢人が周囲を荒らして騒ぎになっております」
久々の帰還でロボとブランカに忘れられてないことにホッとしつつ、資清さんに留守中の話を聞く。
真っ先に出たのはやはり桑名の話か。内部から崩壊しているのは明らかだね。商人や職人に人足のような人も流れてきているらしい。まあ、余計なモノも流れてくるけど。そこは諦めるしかないか。
「牢人か。こっちに被害は?」
「はっ。今のところは軽微でございます」
厄介なのは桑名が集めた牢人か。どうも桑名ではある程度の銭を与えて追放したらしい。
元々戦場を求めて転々としてるような人たちだからピンからキリまでいるし、中には野盗のような者もいる。戦が比較的多い畿内にでも行けばいいのに。
「その件についてですが、桑名が追放した牢人のうち柳生新介及び郎党の者を一時雇い致しました」
「柳生?」
資清さんに続きセレスの報告に少し驚く。珍しいな。セレスが人を雇うなんて。
「大和の土豪の
ただ、柳生新介って誰さ? 柳生ってあの新陰流の柳生か? 時代が違うと思うけど。
「津島にて酒を飲んで暴れていた牢人を叩きのめした時に、見ていた彼らに弟子入りを嘆願されましたので受け入れました」
話の流れから柳生一族の誰かなんだろうね。でも津島で暴れてた牢人をセレスが叩きのめしたのを見て、弟子入り志願とか普通じゃないかも。いくら強くてもセレスは女なのに。
「まあ、いいんじゃない」
よく分からないけど、セレスが認めたのならば構わないだろう。ジュリアなら酔狂で変な人でも雇いそうだけど、セレスは真面目だから。
ああ、ロボとブランカ。そんなに着物を引っ張らなくても、ちゃんと今日は散歩に行くから。
なんだかんだと一月近くいなかったからね。散歩の時間になると二匹は毎日オレを探していたらしい。散歩は可能な限り行ってたからなぁ。
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