第二百三十八話・戦勝の宴

side:久遠一馬


 宴会は賑やかなものになった。里見水軍にはやはり悩まされていたようだ。


 互いに相手の領地を襲い略奪を繰り返してたようだが、里見水軍のほうが上手だったみたい。ズル賢さというかゲリラ戦は向こうのが上かな?


 憎しみの連鎖を止めるべきなんて綺麗事を言う気は更々ないけど、ないなら他から奪えばいいという戦国クオリティを変えないと、関東も本当の意味で統一は無理かもしれないって思う。


 まあ、オレたちも人のこと言えないけどね。織田家だって大差ない。変わろうとしているというだけだ。


 奪うことなく統治するには多くの苦労がある。それを成すにはまだまだこれからやらなくてはならないことがある。


「いつもと味がまったく違いますな」


「これは美味い。よう味が染みておるわ」


「かような味の煮物があったとは……」


 今回も料理はウチで習った人が作ったみたい。ちゃんとダシを取って灰汁あくを取り除くとかしてるし、砂糖とみりんも使っている。


 砂糖とみりんは控えめだけど、この時代の料理にしては格別の味だろう。歓迎の宴に呼ばれていなかった北条家の皆さんは、驚きや喜びながらも味わっているね。


 これが数多の料理人の感性や積み重ねを経て、いつか史実の関東風の味に近いものになっていくのかと思うと感慨深いものがある。


 ただ、京風だけは元の世界と違って残らないかもしれないな、完成昇華した味を尾張に持ち込んじゃったから。


「それにしても若い娘を鬼と見間違えて恐れるとは、里見は臆病者ばかりではないか」


「いや、それだけの力があったということよ。舟を渡ることも敵を討つことも容易くないのだ。敵でなくて良かったと安堵したわ」


 オレも船の話や海戦のことを北条家の皆さんと話すけど、目立っているのはジュリアと慶次かな。


 完勝といっていいきっかけは南蛮船とふたりの切り込みだ。特に同じような船での戦にて切り込みをして敵を崩壊させたというのは、一生自慢出来るほどの武功だからな。


 里見が総崩れとなったことで馬鹿にするような人もいるが、一緒に戦った北条綱成さんたちはジュリアや慶次や織田家のみんなを褒めてくれている。


 この時代だと関東と尾張では遥か遠くの外国のような感じもある。そんな外国人であるオレたちを褒めてくれる。なかなか難しいんだよね。これが。


 北条家の皆さんにはそれが出来ていることが凄い。


「しかし、これで背後を気にしなくて良うなったな」


「上杉も胆を冷やすことであろう」


 北条のこれからについては北条家内でも各々で意見はあるらしいが、義堯にとって幸か不幸か、北条にとっては里見よりも敵は関東管領である上杉憲政らしい。


 まあ放置はしないのだろうが、調略と水軍で当面は弱体化をさせるような話を宴会に参加した家臣の人たちがしている。


「そういえば、そろそろかの?」


「はい。そうですね」


 さて、宴会を盛り上げる余興にと持参した花火を打ち上げることにした。


 今回の戦勝の宴には北条に臣従する国人も集まっているらしく、初日に歓迎の宴を開いてくれた時より圧倒的に人数が多い。どうもオレたちの来るのが早すぎて集められなかったみたいだね。


 仕方ないことだ。元の世界では関東平野と言うけど、戦国期の関東は河川かせん湖沼こしょう葦原あしはらが大半をおおっているから、普段の交通は小舟が基本と言っても過言じゃないんだ。


 花火に関しては当然ながら事前に氏康さんの許可を取り、告知をしているし、小田原の町人にも予定時刻には海側の夜空を見るようにと触れを出したようだ。


 宴会をしている部屋の外側の格子遣り戸と内側のこの時代では高価な障子しょうじが開けられると、外から涼しい風が入ってくる。いつの間にか夜風が冷たくなったな。


 秋の気配がすぐ近くまで来ているのをひしひしと感じる。お酒もだいぶ入り騒がしかった宴の席が、夜風に晒されて驚くほど静かになった。


 その瞬間だった、一筋の光が空へと駆け昇る。


「……おおっ!!」


「これは……」


「本当にこれが人の成したことなのか?」


 一瞬で花開くように咲き誇り消えていく花火の美しさに、酒の入った盃を落とした人もいる。


 氏康さんも幻庵さんも西堂丸君も言葉なく、ただ夜空を見つめたまま固まっている。


「やはり花火は、いいものだな」


 事前に教えても、それでもなお固まるだけのインパクトがあるのだろう。さすがに織田のみんなは二度目だから落ち着いているけどね。


 信長さんはそんな北条家の人たちを見ながら、一瞬したり顔をした後に静かに花火を眺めている。


 夜空に咲く花火に小田原の人たちがなにを思うのか楽しみだ。


 願わくば戦で火薬を使うのではなく、花火で火薬を使う時代を目指してほしい。




◆◆

 小田原花火大会は、天文十七年に小田原を訪れた織田信長が小田原にて花火を打ち上げたことを記念して、近代になり行われるようになった花火大会である。


 本来は友好のために久遠一馬が持参した花火であったようだが、予期せぬ里見との海戦で戦勝の祝いに打ち上げることにしたと記録されている。


 北条氏康から小田原の庶民に至るまで一様に驚き、戦勝の祝いに大きな華を添えたと『天文関東道中記』にはある。


 織田の黒船と言われた南蛮船の力と、花火による文化的なサプライズは北条家に多大な影響を与えたと言われ、関東にも大きな影響を与えることになる。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る