第二百二十三話・対面と桑名

Side:久遠一馬


 突然の礼砲に小田原は軽い騒ぎとなり、海辺には武士から坊主に領民までもが集まってきちゃった。


 そりゃあ、突然の轟音ごうおんが響けば驚くよな。


 金色砲の噂や花火の反響でもそうだが、元の世界と違い、車もなければ飛行機もないので、大きな音にこの時代の人は免疫がないのかもしれない。せいぜい太鼓の音や鐘の音を聞く程度だろうからね。


 とはいえ大きな混乱もなく、オレたちは予定通り、北条の案内で上陸することになった。


「見られているなぁ」


「大きな音でしたからね」


 当然ながらガレオン船が接岸出来る港はないので、小舟に乗り移り上陸していく。護衛の武士や信長さんたちが先で、オレとエルたちは贈答品の陸揚げなどの準備で最後だ。


「殿。北条左京大夫様がお出ましとのことで、すぐに上陸をするようにとのことです」


「わざわざ左京大夫様が来ているの?」


「はっ」


 いろいろと確認や指示を出していると、先に上陸した信長さんから驚き報告があった。


「どうりで返事が早いわけだ」


 先ほど幻庵さんが、礼砲を撃つ許可を取っていたけど、やけに返事が早かったのはそのためか。名目は西堂丸君や幻庵さんの出迎えだろうけど、それでも自ら出てきたのはこの時代では珍しいと思う。


 とにかくこの時代の人は、自分の血筋や体裁に拘る人が多いのに。もっとも秀吉のように、公式の場と非公式の場を使い分ける人がいてもおかしくはないけど。


 織田は現状では格下の相手であり、北条からすると当主が出迎えるなんて、有り得ないはずなんだと思うんだけどなぁ。


「じゃあエル、後はお願いね」


 上陸後の船の扱いとか、緊急時の確認とかいるんだ。船には織田家の家臣も数人残るからね。とはいえ信長さんが呼んでいるからオレはいかないといけない。


 船から降りて、北条側で用意してくれた小舟に乗り上陸する。メンバーはオレと一益さんと望月太郎左衛門さんと慶次だ。エルたちは同行しない。やはり女性が出しゃばるのは好かれないしね。


 氏康さんの人となりも分からぬうちは、迂闊なことはしないほうがいいだろう。


 それにもし氏康さんがエルたちを見下し、好奇な目で見たりしたらオレとしても面白くない。そもそも一般的なことを言えば、女性が他国への使節団に加わっていることが非常識なんだろうけどね。


 尾張だとウチのやることは良くも悪くも、この時代の人には普通じゃないと思われているからね。信長さんや信秀さんが黙認してくれているから、大きな問題にはなっていないけど。


 ただ、ここは相模の小田原だからね。余計なリスクは避けるべきだとのエルの判断だ。




 上陸したものの、氏康さんはすでに城に戻っていた。立ち話もなんだからと城に招かれたらしい。オレは信長さんたちと小田原城に入城することになったようだ。


 礼儀作法とかそれなりに学んだけど、きちんと使えるか怪しいレベルだ。大丈夫かな?


「遠路はるばるよう参られたな」


 氏康さんは三十代前半だっけ? その割に威厳と言うか貫禄がある。信秀さんもそうだけど、人生経験は容姿に影響を与えるんだろうか?


 オレ? 十代半ばでも違和感がない程度の経験しかしてないよ。まあ、元の世界では普通かな。


 氏康さんと織田使節団謁見は特に問題もなく進んだ。いつものことだけど、オレは挨拶くらいしかすることがない。日頃は自由な信長さんも、こういう場面では別人のようになる。やっぱ出来る人は違うよね。


「叔父上たちが世話になった。まさかあのような船で送ってもらえるとは。南蛮にはあのような船が多いのか?」


「私も南蛮までは行ったことがありませんので正確には分かりませんが、あのような船が日ノ本の近くまで来て、博多などを訪れているのは確かです。そして正確には当家の船は南蛮船を当家で模倣した船になります」


 型通りの挨拶が終わると、話はウチの船と交易の話となった。この話は政秀さんとオレが話さないと出来ないんだよね。


 幻庵さんが上手く氏康さんや北条家の皆さんに説明していて、オレから話を引き出している感じか。


 織田を上手く立てながら必要な話を引き出して、双方の利益と友好を進めたいと考えているのは明らかだ。


 さて、どうなるかね? 史実にはない対面と関係なだけにどう影響するか誰にも分からない部分がある。


 歴史ではない現在なんだよね。改めて実感するよ。




Side:桑名会合衆


「だから真偽を確かめろと言っただろうが!!」


「なにを今更! おのれもあれだけ牢人を集めおって!!」


 織田は我らのことなど眼中にないということか。舐められたものだな。武力による介入を許さず、今まで桑名を守り抜いてきたことがここで仇となるとはな。


 迂闊であったことは認めねばなるまい。今までは頼まなくても我らには周辺の噂や動きの知らせが入ってきた。それが今では織田を恐れ、誰も我らに噂や周辺の話を持ち込まなくなった。


 皆が恐れておるのだ。織田と久遠の力をな。


 久遠は信義を重んじ、自身を認めてくれた織田やいち早く過ちを謝罪した大湊には寛大ながら、敵対した者や双方に賭ける者には驚くほど厳しい。大和守家の者など未だに門前払いだと聞くしな。


 かと思えば、素破すっぱなどの輩などを過剰な待遇で召し抱えるなど、我らには理解出来ぬことをする。よく織田弾正忠はあのような真似を許すものだ。


「それでいかがするのだ?」


「いかがとは?」


「あの牢人どもだ!!」


「さっさと町から叩き出せ!」


「たわけが。今、叩き出せば奴らのことだ。暴れて手が付けられなくなるぞ!!」


 伊勢どころか尾張や近江に、下手をすれば関東まで大恥を晒したのが、天下の桑名だとはな。


 だが、今の懸念は尾張でも大恥でもない。集めた百人以上の牢人衆だ。ろくに食べ物も銭も持たぬあの無法者たちをなんとかせねば、桑名は更に困った立場に立たされることになる。


 援軍を要請した六角や北畠は、まだ呆れつつも騒がなかったので助かったが、北伊勢の国人衆からは抗議と戦支度に要した銭を要求されたうえに、集めた牢人衆が己らの領地に来るのではと警戒もされておる。


 願証寺からは、間違っても連中を尾張に向けるなと釘を刺された。もちろん願証寺の寺領は言うまでもない。


「適当に銭でも与えて放り出すしかあるまい」


「そんなことをすれば連中は尾張に行くぞ!! 尾張は銭と品物があふれて豊かだとあおったのは必ず追及されるぞ?」


「ではいかがすると言うのだ?」


「それが分からぬから、こうして話をしておるのだろう!」


 最早いかようにもならぬな。損切りをする時かもしれぬ。こやつらとて誰が裏切り寝首をかくか分からぬのだ。


 元々、商人には忠義も御恩と奉公もないのだ。信義など馬鹿のすることだ。


 さて、いかがするべきか。



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