第二百二話・西堂丸君、メロンの収穫をする

side:久遠一馬


「よろしくお願いいたします」


 翌日、西堂丸君が信長さんに連れられてウチに来た。幻庵さんが昨日の夕食の時に、西堂丸君に織田の統治を勉強させてやりたいと頼んだ結果、ウチに回ってきたんだ。


 幻庵さん自身は政秀さんたちと和歌を詠むらしいので、そっちに参加するよりは楽でいいけど。


「どこに行きましょうか?」


「牧場なら見せても構わんであろう? 後は津島で船でも見せてやるか」


 最近の信秀さん。以前にも増して『よきにはからえ』って感じだから、なにも指示されていないんだよね。とりあえず信長さんと相談して牧場村に行くことにする。


「若様! 久遠様! 見てください! でけえ猪が取れたので献上に上がりました」


「おう! これは凄いな」


 出掛けようと思っていた矢先に、ウチの屋敷に大きな猪を担いだ男たちがやってくる。時々来るんだよね。いろんなものを持ってきてくれる人たちが。基本的に献上品は受け取って褒美に銭や米を与えている。


「三郎殿は領民に慕われておるのですね。大叔父上のようです」


 信長さんは昨日の夕食時はまともな服装だったけど、今日はいつものうつけスタイルだ。西堂丸君と御付きの武士たちもビックリしたんだろうが、それ以上に猪を献上に来た男たちと楽しげに話す姿に目を見開き驚いている。


 まあ、オレも放っておくと着流しだからね。周りから見ると信長さんと似た者かもしれないが。


「ここは若様の領地ですしね」


「昨日、久遠殿の屋敷で相撲の相手をしておったのも三郎殿ですよね?」


「若様は子供がお好きなのですよ。一緒に相撲を取ったり武芸を教えたりしてますから。装束が変わっておられるので、この辺りでうつけ殿なんて呼ばれていますけど」


「うつけ殿!?」


 昨日ウチの屋敷に信長さんがいたことに気付いていた西堂丸君だが、信長さんのアダ名を教えてあげると反応に困る表情をしている。それを本人がいるところで言うオレもどうかと思うんだろう。


「西堂丸殿は若様をいかが見ておられます?」


「私は……」


「かず。客人を困らせるのは止めぬか」


 幻庵さん辺りは知っていることだろう。西堂丸君が信長さんをどう見るかちょっと試してみたかったんだけど。信長さんに怒られちゃったよ。


 子供には本当に優しいんだよね。信長さんって。




「ここは……?」


「ウチの領地になります。馬と牛を飼っている牧場と、明や南蛮の野菜や果物を試しに植えているところですよ」


「馬……。それに明や南蛮の食べ物……」


 そのまま屋敷からのんびりと牧場に来ると、堀や塀に囲まれた中にある牧場に西堂丸君たちはちょっと不思議そうにしている。


 那古野だとそれなりに知られていることだけどね。風魔にも入られたことはないから、さすがに中は知らないはずだ。


「あー! 若様と殿だ!」


「だれ!? 偉い人?」


 驚きが治まらぬままに、オレたちは孤児院の子供たちに囲まれちゃった。礼儀作法も最近になり教え始めたけど、ここに来るのは信長さんや信秀さんと政秀さんくらいだから、あんまり煩く言わないんだよね。まだまだこれからだ。


「関東は北条家が嫡男の西堂丸殿だ。無礼を働くなよ?」


「はい! 西堂丸様。いらっしゃいませ!」


 ちなみに子供たちは信長さんの言葉にはきちんと従う。いわゆる上下関係は出来ている。見た感じはガキ大将と子分たちにしか見えないけど。


「久遠殿。この子供たちは……」


「大半は織田領に生じた孤児たちとウチの領民の子たちですよ。ウチでは領内の孤児たちを集めて仕事を与え、学問や武芸を教えているんです」


「なんと!?」


「信じられぬ」


 西堂丸君はぽかーんとしているけど、それ以上にお付きの武士たちがまさかと言いたげな顔で驚いた。立場をわきまえていた人たちなんだけど。よほど驚いたらしい。


 みんなヤンチャだけどいい子だし、よく働くよ。




「あら~、どちら様で?」


「北条左京大夫様の嫡男の西堂丸殿だよ」


「初めまして。妻のリリーと申します」


 子供たちに囲まれながら畑に来ると、リリーが農作業をしていた。リリーは普通に挨拶したものの、西堂丸君は見知らぬ容姿のリリーに緊張しているみたい。


「おっ、メロンがあるね」


「ふふふ。食べ頃よ」


「めろん?」


「ああ、うりですよ。南蛮のうりをウチで改良したんです」


 無礼のないようにと気を遣い、少し固い様子の西堂丸君たちだが、今日はメロンが食べ頃らしい。西堂丸君ラッキーだね。オレも楽しみにしていたんだ。


 そのまま西堂丸君たちは、子供たちと一緒に農作業をするオレや信長さんに合わせるようにメロンを収穫する。お付きの武士たちは戸惑ってるけど止めないのはさすがだね。


 まあ、何事も経験だよ。


「南蛮の瓜とは……」


「美味しいですよ。井戸で冷やして、あとでみんなで食べましょう」


 うん。食べられると知ると西堂丸君とお付きの武士たちの表情が幾分和らいだ。やはり食べられるとなると違うみたいだね。




「いつも、このようなことを?」


「商いもしておりますよ。普請場の視察もしますし、他にも管理する村や仕事もありますしね」


 そのままお昼になると牧場村の代官屋敷で昼食にする。


 お昼はざるそばだ。エルがこちらで用意してくれてたみたい。ちゃんとダシも取ったそばつゆだから美味しいね。


「武芸に励まぬのですか?」


「私はあんまり得意でないんですよね。武芸なら若様が得意ですよ」


 昼食を食べながら適当な世間話ついでに西堂丸君の疑問に答えるが、オレの仕事ってほとんど文官なんだよね。


「そのわりに強いではないか。鍛練すれば武芸一本でもやれよう」


「仕事がいろいろあるんですよ。それに立場上あんまり武芸って使わないんですよね。常に護衛がいますから」


 時々信長さんの武芸の鍛練に付き合うから、信長さんはオレの実力は知ってる。基本的な技術は睡眠学習で覚えたし、生体強化してる体だから身体能力もあるので弱くはない。


 ただし、実戦経験がまったくないので、達人クラス相手になるとあっさり負けちゃうね。


「西堂丸殿に分かりやすく言えば、物事には優先順位があるのですよ。私の場合は稼いで家臣や家族を食わせるのが第一で、次はみんなが食べられるように働くのが第二ですかね。武芸はその次かな?」


 あんまり武芸を軽視すると武士の受けが悪いんだよね。だけど、実際には使わないし、他の仕事もある。


 史実だと織田信長も若い頃は戦場で自ら兵を率いて直接戦ったらしいけど、この世界だとないだろうな。


 信長さん本人はそんな機会が来ても問題にはならないように鍛練しているけど、今の織田家で信長さんを前線に出すことはないと思う。


 警備兵や信長さんの直轄兵は鉄砲の訓練をして戦になれば鉄砲隊になるし、大将が前線で槍を振るうなんて、今の織田の力ならさせられないからね。


「ああ、西堂丸殿は私を参考になどしてはいけませんよ。私は商人あがりの使い勝手のいい男なだけですから。西堂丸殿のような立場のお方は武芸も用兵も必要です」


 若干考え込む西堂丸君に、あんまりオレを参考にしないように釘を刺しておかないとね。似非武士がおかしなことを教えたと文句が来ても困る。


「食べられるように働くのですか」


「伊勢宗瑞公のことは私も聞き及んでますよ。領民のことを考えるならば私のような立場ではこうするのが一番なのです」


 うん。早雲公と絡めると批判もされないだろう。根っこは同じ領民と領内の安定だからね。史実において関東で一番税が安く領民に慕われていたと言われる北条は、参考にしてる部分があるのは事実だし。


 ただ、西堂丸君は亡くなる可能性が高いんだよね。こうして知り合っちゃうと助けたくなっちゃうな。




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