第百四十九話・揺れる願証寺
side:服部友貞
「兵糧は!?」
「九割ほどは織田に奪われたようでございます」
クッ。大湊と桑名の商人も使えぬ! まともに兵糧を運ぶことも出来ぬのか!
それにしても織田がいかに身勝手か、今回の兵糧の強奪で分かったであろうに! 何故誰も立ち上がらぬのだ!!
「殿! 願証寺の僧が殿はすでに破門されたのだと、領内で吹聴しておりまする!」
「ええい。斬り捨てろ! 織田の謀だ! 表立っては明らかにしておらぬが、籠城すれば隙を見て味方すると確約を得ておるのだ!」
願証寺の僧だと!? わしを見捨てたばかりか敵に回る気か!? それともまことに織田の謀か!?
許さぬ。許さぬぞ!!
破門されたことだけは隠さねばならぬ。さもなくばわしの命すら危うい。
「殿! 僧は偽者ではござらぬぞ!」
「たわけが! 愚かな坊主が織田の謀に乗ったのが分からぬのか!? 今こそ一向宗の立ち上がる時ぞ!」
勝てなくてもよい。守りきれば必ずや味方する者が現れよう。今川にも斎藤にも六角にも使者は出したのだ。今こそ織田を攻める好機ではないか!
side:願証寺の僧
「そなたら! なにをしておるのだ!?」
「なにって、戦の支度だ。織田が仏様に逆らうからって……」
「違うぞ! 御仏の名を騙るは服部友貞だ! 織田殿は違うぞ!」
なんということだ!
服部友貞が勝手に我らの名を使うのを止めさせるために市江島に来てみれば、すでに服部友貞は我らの名を使うて一揆の支度をしておる。
止めねば! 我らは武家と争うなど望んではおらぬのだ。
絶対に止めねばならぬ!
「おお、そなたらはわしを知っておろう! 今すぐに一揆を止めさせよ! かような命は出しておらぬぞ!!」
「恐れながら貴方様は織田に与した裏切り者。すぐに領内から出ていっていただきたい」
服部の領内を駆け回って服部友貞が破門されたことを伝えておると、ようやく話の分かる服部家の者と出くわした。これで止められると安堵したのも束の間、まさかの言葉に我らはただただ驚くしかない。
「なにを言う!
「我が殿と貴方様のいずれを信じるか。我らの立場をご理解くだされ」
「止めよ! 今ならばわしが織田殿との仲介をしてもらうように上人に願い出よう。止めるのだ!」
「どうしても引かぬならば、貴方様でも捕らえねばなりませぬ」
こやつら己らがなにをしておるのか理解しておるのか!?
「致し方ない。引こう」
服部友貞め! 完全に我らを巻き込む気だ。何故、織田嫌いの奴のために、我らが巻き込まれねばならぬのだ!
このままではいかん。周辺の寺に使いを走らせて人を集めてでも止めねば。
織田殿は尾張ばかりか美濃と三河の一部も領有しておるのだ。奴のために多くの寺が苦しむことになるのだけは、避けねばならぬ。
少なくとも織田殿は、我らを排除しようとしたことなどないのだ。話せば分かるはずだ。市江島の明け渡しは必要であろうが、命までは取るまい。
急がねば。万が一周辺の者が勘違いをして一揆が広がれば大変なことになる!
side:久遠一馬
「明日は駄目か」
「はい。今夜から明日の夜までは海が荒れます。明後日なら大丈夫でしょう」
佐治水軍の市江島封鎖が続く中、信秀さんは津島に尾張国内から五千の兵を集めた。
それと服部家に船を沈めた謝罪を求め、臣従せよとの使者を送ったみたいだけど、こちらは織田如きに従えるかと追い返されたらしい。
ちなみに使者は一向宗の坊さんに頼んだらしく、生きて帰ってきた。服部友貞の様子だと織田家の家臣を使者にすれば危ういしね。
この日、津島の大橋さんの屋敷では軍議が開かれている。
血の気の多い武士は早く攻めるべしと騒いでいるけど、エルから明日は海が荒れるから駄目だって事前に言われているんだよね。
佐治水軍はさすがに大丈夫だろうが、尾張の兵のほとんどは船には慣れていない者ばかりだ。数は少ないが服部水軍もまだ手付かずなので避けた方がいいとの判断になる。
天気に関しては正直この時代では、経験則から来る判断しかない。あとは易学を学んだ占い師が戦について占い助言するらしいけど。
「殿。服部友貞は一向宗の旗印を未だに使うておりますが……」
「民には破門されたこと隠しておるようだな。僅かな坊主が勝手に助けておるようだ。
戦をいつするのか判断するのは信秀さんだ。易学の判断やウチの天気予報から判断するんだろう。
それはいいが、ちょっとばかり伊勢が混乱している。
まず伊勢の商人たち。服部友貞に荷担した商人が予想以上に多く、危機感を覚えたようで謝罪に来る人が後を絶たない。
それと願証寺。上層部はさっさと服部友貞を切り捨てたのに一部の坊主が加勢していて、しかも服部友貞が願証寺の支援を約束して兵糧なんかを集めたもんだから責任の擦り付け合いが起きている。
とはいえ北伊勢に影響力がある六角家は動かないし、願証寺もごく一部は服部友貞に味方したが影響力は限定的だ。
大勢に影響はない。
「願証寺からは僧兵を出すとの話もあったが断った。その代わり立場をはっきりと周囲に伝えろとは言ったがな」
願証寺と言えば史実の長島一向一揆のイメージが強いが、現状ではそこまで武家と対立を望んでるわけじゃない。
まったく問題がないとは言わないが、それを言えば願証寺だけではなくどこでもある程度だ。
ウチとの取り引きでも願証寺は優遇しているし、金色酒や絹織物などを石山に送っているほどだからね。今のところ織田と全面対立する理由はない。
「兵糧はいくらかは運び込まれたようですな。大半は佐治水軍が押さえましたが」
「籠城する気か? それほど堅固な城ではなかろう」
「いや、幾らなんでも最初は討って出るはずだ」
まあ願証寺も一枚岩でないと知ることができたのは収穫だ。
戦のほうは上陸するまでが気を使う。海戦が起こる可能性もあるし、上陸戦が難しいのはこの時代も同じだ。
よほどの馬鹿じゃなければ、上陸場所で待ち受けてるはずだ。
正直なところこの時代って、大規模な演習とかしないからね。実戦あるのみという感じだ。抜け駆けもよくあるし連携が取れないことも珍しくないらしい。
大将が軍勢の配置や戦術を決めたところで細かいところは現場に任せざるを得ないから、戦上手な中隊長的な武士は優遇されるんだろうね。
一応エルたちと相談した策はあるけど必要ない気もする。兵の数が違うからオーソドックスな攻め方でも十分だろう。
今回ウチは、情報収集と兵糧の輸送などの後方支援に回る予定だ。
他がやる気が有りすぎて出番なさげなんだよね。
意外なところだと伊勢守家もやる気満々だ。武功を立てて内乱を起こした汚名を返上したいらしい。
ウチはオレがまだ若いし、清洲の時に金色砲で武功を立てたからね。今回はやはり遠慮したほうが良さげだね。
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