第百三十六話・明の商人

side:久遠一馬


 熱田祭りでの屋台も大盛況に終わった。


 那古野に戻ると昼間に来た商人が、すでに那古野城で待っているというので会うことにした。


「これって真珠か?」


「はい。明の商人ならば欲しがるでしょう。宇宙で養殖した真珠ですが」


 ただ昼間のようなお祭りならばともかく、正式な謁見にエルたちを連れていくのは避けたい。今日の商人には見られているし尾張では有名なので今更ではあるが。


 南蛮人が会わせろとやってきても面倒だからね。


 明の商人への目玉商品は真珠だ。後はヨーロッパ風のガラスのグラスに少し前に売り始めた陶磁器。他には干し椎茸と干しアワビ・干しナマコ・フカヒレの三種。それとウチで扱っている商品もある。


 アワビ・ナマコ・フカヒレは、俵物三種と呼ばれ史実の江戸時代の主要輸出品なので需要もあるだろう。


 ああ、工業村の鉄も少し用意させたみたい。出来れば鉄鉱石や石炭を持ってきてもらい鉄を売りたい。エルの話では十分儲けになるとのこと。鋼も少量あるけど、鍛造の手間と需要で売れない。数打ちの刀なら考えるけど。ナマクラだからね。


「エル。そういえば島の整備はどうなった?」


「すでに第一弾は完了しています。父島と母島を主に三千人の住人に扮したロボットを配置しています」


「多くない?」


「少ないほどですよ。経済規模を考えると」


 それと明の商人が来たということは、そろそろ故郷にしている小笠原諸島にもオレたち以外の人が行く可能性がある。


 佐治水軍も外洋に出たいみたいで、島から荷を運ぶ仕事をしたいと言われてるしね。まあ佐治水軍は外洋に出られる船がないので当面は無理だけど。


 さすがにこの時代の改造船だと外洋航海は無謀すぎる。


「硫黄島は当面は秘匿すべきですね。宇宙港と大気圏内航空機の関連施設がありますので」


「まあ、大丈夫でしょ」


「はい。周辺海域は衛星と無人潜水艦を含む護衛艦隊で監視していますので問題はありません。あとインド洋には宣教師の来日を遅らせるための、クラーケン型無人潜水艦を配備しました」


 白鯨の次はクラーケンかぁ。後世の歴史になんて書かれるのやら。信じてもらえないだろうけど。


 宣教師は来ないのが一番だけど。来るとしても織田がもう少し大きくならないと対処すら出来ないしな。


 九州辺りにはそれとなく情報を流すか。宣教師は必ずしも善意ばかりじゃなく宗教の押し売りと、そのための侵略に手を貸している一面もあるって。


 それでも貿易の利益を期待して、宗教に狂いそうなところもあるだろうけど。あとは様子見かな。まあ今はそれより明の商人か。




 那古野城の謁見の間で、信長さんと政秀さんとオレが明の商人の相手をすることになった。


 まさか王直おうちょくじゃないよね? この時代の倭寇の元締めと言われる貿易商人だ。エルの話だとウチも取引したことがあるらしい。


「面をあげよ」


「アイヤー! 昼間ノ人アル!? 殿様ダッタノカ!」


「それは親父だ。まあそんな話はいい。その方、名はなんと申す」


王珍ワンチンデス。無礼ヲ働イテ申シ訳ナイネ」


 うーん。王直じゃなかったか。良かったような残念なような。まああんな大物が来るはずもないか。


 その後は信長さんが質問攻めをするように問い掛けた話を王珍さんが答えていた。彼も倭寇と呼ばれる密貿易商人の一員らしい。


 嘘か本当かの真偽は分からないが、尾張に来た目的はやはり商いだとのこと。


 実は最近になり日ノ本近海に謎の南蛮船が現れている噂は、すでに九州や明の沿岸の倭寇の間ではそれなりに知られるようになっていたみたい。


 王珍さんが今回商いで堺に行った時に、尾張に南蛮船が頻繁に来ていると聞き付けて、その噂との関連を知りたくてやってきたようだ。


「出処不明の南蛮船か。かず。お前の船であろう?」


「多分そうだと思います。あれ向こうの南蛮船を調べて勝手に造った船ですから。ウチには向こうの船の知識もありましたし」


 信長さんは大丈夫なのかと少し思案しつつ、オレの顔色を見て大丈夫だと思ったのだろう。ウチの船の話を始めた。


「アイヤー! 南蛮人以外ガ南蛮船ヲ持ッテイタトハ思ワナカッタネ」


「南蛮人にもいろいろいますからね。ウチにいるのは連中とは違いますよ」


 彼の話はなかなか面白い。倭寇から見ると南蛮人は商売相手であり油断ならない相手でもあるらしい。


 まあルソンをスペインが征服するのはまだ先だけど、あまりタチの良くない連中なのは付き合っていれば分かるのだろう。




「コレハ!? 売ッテクレルノカ!?」


「ええ。まあ。幾ら出すかにもよりますけど」


 その後は用意した品物を見せると、王珍さんの目の色が変わった。今回は真珠とガラスのグラス以外はあまり目立つ物はないとはいえ、利益にはなるだろう。


「コノ焼キ物モイイモノヨ」


「焼き物など明にあろう?」


「堺カ博多で売レバ儲カルネ」


 あまり最初から悪目立ちしても駄目だしね。俵物に関しては佐治さんや水野さんに作ってもらうように以前から依頼してあるから、今後は知多半島の収入になるだろう。


 陶磁器は日本のほうが高く売れるみたい。尾張で買い堺で売っても利益になるだろうね。


「そういえば銅銭は扱っておらぬので?」


「欲シイナラ持ッテクル。デモ質ハ良クナイネ。買イ叩カレル時アルカラ困ル」


 王珍さんの主要な荷は生糸と硝石らしい。政秀さんは貿易にも詳しいようで銅銭のことなど尋ねるも、やはり質が良くないのか。


 結局は生糸と硝石が一番儲かるんだろう。


「硝石は持ってきてもいいですが、尾張では安いですよ。ウチとしては薬の材料と鉄鉱石が欲しいですね。それらの荷ならおまけして貴重な品もお譲りします」


「真珠ハモット手ニ入ルノカ?」


「ええ。まあ。多少は」


「アノ炒麺しゃおめんノタレハ駄目ネ?」


「売ってもいいですけど、安くありませんよ」


「構ワナイネ」


 真珠は漢方薬にもなるし装飾品にもなる。他のものと値段の桁が違うね。信長さんと政秀さんはその値段に唖然としている。


 用意していなかった品物では、金色酒とウスターソースを特に欲しがった。両方とも外国向けに少し吹っ掛けたけど、王珍さんは喜んで買うようだ。


 結局、王珍さんは堺で得た銀と銅をすべて使って買うらしい。




「口に合えばいいんですけどね」


「明の料理は美味いではないか」


「明は日ノ本が幾つも入るような広い国です。当然料理の味も地方によって違います。日ノ本とて尾張と京の都で料理の味が違うのですから」


 商談がある程度纏まったところで、この日は王珍さんを歓迎した宴を開くことになる。


 料理はエルたちとウチの人間に任せた。


「アイヤー。食卓ガアルネ。シカモイイモノヨ」


「使い勝手がいいからな。尾張では広まりつつあるぞ」


 王珍さんがまず驚いたのは漆塗りの黒いテーブルだ。


 これ地味に普及しているんだよね。信秀さんや信長さんは普段はテーブルで食事をしているようだし、織田一族とか重臣も使いはじめているみたい。


 庶民はともかく武士の屋敷は広いしね。テーブルで家族一緒に食事をするのが明や南蛮から伝わった最新の流行みたいな扱いになっている。


「美味イネ! 日ノ本デコンナ美味イ料理ヲ食ベラレルトハ思ワナカッタヨ!!」


 メニューはフカヒレスープ・猪肉と野菜の炒め物・海老の炒飯。あとは饅頭も用意した。


 味付けは明の沿岸部向けに合わせたようで、四川料理のような辛さはない。


 日本の料理と比べると少し油っぽいから、慣れない人だと合わないかもしれないけど。信長さんや政秀さんはウチの料理を食べているから大丈夫っぽいね。


 肝心の王珍さんは人目もはばからず、ガツガツと食べているよ。


「明の者はかような料理を毎日食うておるのか」


「偉イ人ト裕福ナ人ハ食ベテイル思ウネ。デモワタシ程度ダト、コンナ美味シイ料理ハ初メテヨ」


「そうか」


 信長さんと政秀さんは明料理の味に驚き、明の凄さを改めて感じたようだけど。正直これ以上の料理を食べているのは、本当に一部の人だけだろう。


 オレも未来で普通に中華を食べた程度だから、最高級の中華料理なんか知らないけどさ。一番美味しいと思う。


 食材や調味料の関係から作れない料理はあるだろうが、エルが出した料理だと考えると、この時代の明で出しても美味しいはずだ。


 そのまま王珍さんはお酒も進み、明や九州や西国の話をいろいろとしてくれた。


 美味しい料理とお酒に口も滑らかになり、かなり貴重な情報を聞けたと思う。


 今一番商売になるのは、やはり硝石らしい。火縄銃の普及もあるし、西国と九州も戦が絶えないからね。


 信長さんたちは向こうの硝石の値段にビックリしていた。織田家にはウチが格安で売っているからだろうけど。


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