第百三十四話・熱田祭り

side:久遠一馬


 熱田祭りの起源は古い。なんでも平安時代からあったとか。


 熱田祭りとは熱田神社の例祭であり、それに合わせて大山車という大きな山車だしと車楽という普通の山車だしも運行するらしく、かなり気合いの入った祭りらしい。


 銭の寄進は織田家とかもするようなので、ウチはそれに合わせて織田家より少なめに寄進しておいた。


 あとウチでは家臣とその郎党に、忍び衆と孤児院の子供たちなんかをみんな一緒に熱田祭りに行けるように手配した。


 聞けば村の祭りくらいは参加しても、大きな祭りに行ったことのない子供が多かったんだ。


 結構な人数がいるので引率の人たちが大変そうだけど、楽しんでほしい。


 他にもウチは屋台を出すことにしたので、オレたちはそっちの準備をしていた。




「若。器用っすね」


「勝三郎。お前は下手だな」


 当日になると最近完成した大八車で熱田に行き、屋台を設置して調理を始めたんだけど。信長さんが何故か調理に加わっている。


 信長さんと勝三郎さんはたこ焼きを作りたいと言ったので任せているけど、手先が器用なのか上手い信長さんと逆に下手な勝三郎さんに見事に分かれてるね。


 ああ、屋台のメニューは当初考えていたものより増やした。


 ラーメン・蕎麦・うどんの汁物に、焼きそば・お好み焼き・たこ焼きの鉄板焼がある。


 他には金平糖、キャラメル、羊羮、カステラも売っている。


 キャラメルは今回初めて作ったけど、この時代より前に原型となるものがあったらしく、南蛮人が金平糖などと一緒に伝えたとの歴史もあるようなので先取りさせてもらった。たしか有平糖とか金華糖っていうらしい。でも硬いんだよね。


 当然、赤字覚悟の領民でも買える値段だ。


 熱田はウチの商品を取り扱っている商人もいるので景気はいいが、その富が末端の人たちにまで回っていないからね。


 一応、値段は銭と米の両方で付けた。それに物々交換も応じるように伝えてある。




 笛や太鼓の音が聞こえる。


 少し離れたところには大きな山車だしの姿も見える。あれ二十メートルくらいあるんじゃ……。この時代だと物凄く目立つね。


「なんか見てる人のほうが多いな」


「安くしておりますが買えぬ者も数多くおります。それに見知らぬ料理ですので」


 熱田の門前市が開かれていて多くの人たちで賑わっているのに、ウチの屋台は遠巻きに見ている見物人ばかりだ。


 なんか嫌だな。この感じ。祭りらしくない。見ているだけで食べられないなんて嫌な感じだ。


「金平糖いっぱい持ってきたよね。タダで配ろうか」


「殿。それはさすがに……」


「良いではないか。ただし、必ずひとりひとつにさせろ」


「はっ。畏まりました」


 持ってきた中でも金平糖は特に子供でも買えるように激安にしたけど、まだ手が出ないのか。


 こうなればタダで配ろう。資清さんは慌てた様子で止めたそうにしたけど、信長さんはニヤリと意味ありげな笑みを溢すと許可を出した。


「さあさあ、南蛮渡来の菓子を配るぞ! ひとりひとつ。甘い菓子だ! 早いもん勝ちだ。並べ!!並べ!!」


 こういう時に活躍する男、慶次が大声で人々に呼び掛けると周囲で見ていた人たちはざわついた。


 混乱にならないように慶次と兵たちが一列に並ばせて、同じ人が二回並ばないようにチェックする。もちろん武士も僧も貧民も同じく並ばせるんだ。


「菓子なんて食ったことねえ!」


「へぇ。南蛮の飴は固いし、面白い形してるな!」


「綺麗な飴だ」


 老若男女様々な人が並んだ。みんな一粒の金平糖を物珍しげに眺めて、なかなか食べようとしない。


 戦国時代だと干し柿ですら贈答品になるレベルだからなぁ。砂糖の菓子はやはり別格か。


「甘めぇ。世の中にこんな甘めぇもんがあったんだ……」


「母ちゃん。美味しいね!」


「こんなものを頂けるなんて……」


 うん。みんなの喜ぶ顔がなにより嬉しい。ただし拝むのは止めてほしい。本当、この時代の人はすぐに拝むんだから。


 背中がむず痒くなるんだよね。




side:松平広忠


「そうか。竹千代と於大おだいがな」


「はっ。那古野で共に暮らしておられるとか」


 竹千代は母に会えたか。口には出せぬが良かった。物事とはなにが幸いとなるか分からぬものだな。竹千代を奪っておきながら勝手なことをとも思うが。


 岡崎は揺れておる。織田の謀だと語る者もおるし、実際に三河攻めの布石であることは明らかであろう。


 されど今の三河には、これ以上ないほどの策だな。


 そもそも三河の国人衆が今川に従ったのも、織田と今川と比べて今川が強いと考えたからに過ぎん。


 それが今では駿河の商人が尾張の酒を売るようになり、信秀は仏と呼ばれ、戦らしい戦もせず尾張を統一してしまった。


 力や銭だけでは三河者は織田になびかぬ。されど、力もあり仏のような慈悲を見せられれば話は変わる。


「殿。今川方はまだ、本気で織田と戦をする気がないので?」


「そのようだな」


 誰も織田に従えば厚遇されるなどと、甘いことは考えてはおらぬだろう。されど今よりはいいのではないかと皆が考え始めたことは確かだ。


 織田が本腰を入れて攻めてきても、最早以前のようにはいくまい。矢作川流域の国人衆は織田に流れ、他もいずれに転ぶか分からぬ。


 今川は疑心暗鬼となっておるのではないか?


「今川に人質を出しておる者は、気が気ではないようですな」


「嫌な世の中だな。民が一向宗に狂うのが分かるというものだ」


 やはり松平宗家としては安易に動けぬな。すでに今川の家臣となっておるのだ。動けば今川も黙ってはおれまい。


 家中には今川に人質を出しておる者も多い。それらを見捨てれば松平に先はない。


 今川家は、雪斎殿はいかがするつもりなのだ?


 動かぬのは余裕の表れか、それとも動けぬだけなのか。分からぬな。





side:今川義元


「二万五千じゃと?」


「はっ。拙僧が考えるに織田と本気で戦をするならば、そのくらいは必要かと。更に戦になれば尾張からの荷が来なくなり、すべて北条に行くことになりましょう。水軍で止めようにも相手には南蛮船がありまする。あれを持ち出されると、いかようもありませぬ」


 雪斎に安祥攻めの策を考えさせたが、まさか二万五千も必要じゃとは……。


 二万五千など三河にだけ集められるわけがなかろう。北条や武田への備えはいかがするのじゃ!?


「北条と同盟を結ぶか?」


「対織田では無理かと。それをやれば里見や佐竹に織田の荷が行きましょう。堺から仕入れるという手もありまするが、南蛮船を持つ織田には敵いませぬ。北条に対織田の同盟を結ぶ利はありませぬ」


「それでは博打ではないか」


「東三河か遠江で戦うならば、また話が変わります。されど安祥では博打のような賭けをせねば勝てませぬ」


 すでに織田は格下ではないということかの。二万五千もの兵力を集めて博打などやれぬわ。


 やはり織田との戦は利に合わぬのか。


「今は三河で、時を稼ぐのがよいかと」


「織田が更に大きゅうなるだけではないか?」


「堺に人をやり、南蛮の商人を駿河に呼べぬか探らせておりまする。今しばらくの猶予を」


「南蛮の商人か。上手くいけば織田に対抗出来るか」


 織田の力の源泉は南蛮船じゃ。あれさえなんとかなれば……。


 じゃが南蛮船を呼ぶのは難しかろうな。それをやれば堺が黙ってはおるまいの。


 本当に困ったことになったものよ。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る