第七十四話・船の改良とケティの往診
side:久遠一馬
「この船を佐治水軍の技術で作れるの?」
「これは史実で幕末から戦前まで活躍していた、和洋折衷船をモデルに鏡花が再設計した輸送船です。合の子船とも言われていたそうですが。基本を江戸期の弁財船として、そこに西洋式の縦帆や操舵にセンターキールを加えたような船です。これなら現行の造船技術でも建造可能でしょう」
「へぇ。見た目がちゃんとした帆船だね」
知多半島へのお出掛けは有意義なものだった。那古野に戻ったエルは、さっそく佐治水軍に渡す南蛮技術の選定に入っていた。
基本として今ある船を活用するための改修案と、新型の輸送船の設計図をまずは用意したらしい。
船を設計した鏡花とは、黒髪ロングで京都弁の大和撫子をイメージして作ったアンドロイドだ。年齢は設定時で十六歳になる。
本来の専門は航空宇宙工学と船舶工学だ。現在ある宇宙要塞シルバーンや次元航宙艦を始めに、大気圏や重力圏の艦艇は、ほぼ彼女が設計したものになる。この時代に来てからは非動力船の研究を始めたはずだ。
「一番簡単なのは帆を近代的な帆布に変えることです。現状の船はムシロの帆ですが、それを近代的な帆布にするだけでも大きく変わります。縦帆船は操船が少し複雑になりますが、船乗りなら身体で覚えるでしょう」
現状の船の改修案は船を安定させるセンターキールと、西洋式の帆であるジブとスパンカーを追加したものだ。
あとは羅針盤と六分儀と海図を使う近代航海術を教えれば、輸送にかかる日数は確実に少なくなるみたい。
とりあえずは西洋式の帆船の操船技術と、近代航海術を習得してもらうためのものだ。戦船はそれらを習得したあとのほうがいいみたい。慣れるまでは大変だからね。
「これあれだよね。沿岸で航行しなきゃ他所の水軍にも目を付けられないし、港に寄る回数減らせば相当なコストダウンになるよね?」
「史実の江戸後期の記録から考えますと、伊勢湾から大坂湾ならば一昼夜で往復出来ます」
「うわぁ。あちこち敵に回しそうだな」
この時代の伊勢湾から大坂湾までの日数は知らないけど、一昼夜で堺まで荷物を運べば、物流革命が起きるだろう。
ただし、伊勢志摩・紀伊なんかはあちこちに水軍もいるし、物流の旨味を知っている連中も多いだろう。それが少し遠回りしても数日で着くからって無視して商売すれば、一気に敵が増えそうだなぁ。
仮に各地の水軍に銭を払っても、今度は港に寄る必要が無くなり、港を抱える大名や諸勢力を敵に回しそう。
「当面は漁業にでも使ってもらうべきでしょう。畿内と取引するのは時期尚早ですよ」
「どのみち畿内には関わるには早いか」
「その辺りは殿次第ですね。朝廷工作をすれば畿内のほうから接触があるかもしれませんし」
尾張はまだいいけど、畿内は諸勢力が対立したりくっついたりと、複雑怪奇で滅茶苦茶にしか見えない。
元凶の大半は室町幕府だろう。元々室町幕府は成立当初から安定した政権だとは言えないと思うが、現状は流石に酷すぎる。
「そういえば、あと何年かしたら宣教師が来るね。あれも本当に問題だよな」
「殿と若様には警告をしておく必要がありますね。私たちの一族の一部は南蛮の宗教に迫害されたとしておきましょうか。別に彼らが悪というわけではありませんが、彼らの行動と方針は日本のためにはなりません」
人権なんてないこの時代だと、悪質な宣教師のやることも、一向衆なんかと比べても特に悪いわけではないんだよね。
ただ彼らの布教がスペインの侵略の手先になっているのも事実で、元の世界では欧米の白人が世界の支配者故にキリスト教を悪と断じることは、一部の過激な者以外はしなかった。
「宣教師が来ないように出来ないか?」
「可能です。超小型偵察機で調査して、宣教師であった場合は海に消えてもらうのがいいかと思います」
「出来ればキリスト教は、ヨーロッパから出してほしくないなぁ」
「あからさまな兵器は使えませんので、鯨に擬装した無人潜水艦を配備すれば邪魔は出来ます。後は宣教師は海に嫌われているとでも噂を流せば、かなり宣教師を減らせるかもしれません」
「じゃあ、その方向でやろうか。異なる宗教を受け入れる寛容さのない人たちとは分かり合えないしね」
別に宣教師を悪者にする気はない。でもこの時代の宗教って権力のひとつだからね。
意見の相違は話し合いで解決出来るが、価値観の相違は時間が解決してもらうのを待つしかない。異なる宗教を受け入れる寛容さが生まれた時代に、改めて交流すればいい。
世界のためには、ヨーロッパで発展の足を引っ張ってほしいもんだ。
side:滝川慶次郎
「これが薬。きちんと飲むこと」
「はい。ありがとうございます」
女の身で、まさか遊女屋にまで来るとはね。
「随分みなに薬を出しておりますな。流行り病で?」
「違う。古血の薬。でも説明はしない。騒ぎになると面倒」
ケティ様があちこちに診察に出歩くのは、今に始まったことじゃない。しかし武家や商家どころか、遊女屋にまで来ていたとは。オレも知らなかった。
しかも不治の病である古血の治療を、本人に黙ってしていたとはね。
「あと遊女はどこにいるの?」
「本当にすべて行かれるので?」
「行く」
突然、往診の供を命じられたかと思うたら、清洲の遊女がおるところに案内しろと言われたのだから驚いた。どうやら津島や熱田でも遊女の診察をしているご様子。
「古血の治療をしてると言えばいいでしょうに」
「必要ない。私が好きでしてることだから」
流行り病を防ぎ、労咳や古血を治す。明らかにすれば引く手数多であろうに。
「では、次に参りましょうか」
清洲でもケティ様はすでに知らぬ者はおらぬであろう。
織田の殿様が清洲を落とした翌日には、ケティ様が自ら流行り病対策の差配をして、あっという間に落ち着かせた。
当初、清洲方の武士の中には女の命など聞けるかと、働かなかった者がかなりおったが、ケティ様は奴らを捨て置くと那古野から兵を呼び寄せて解決した。
おかげで清洲方の武士は織田の殿様ばかりか、清洲の町衆からも冷たい目で見られておる。
それと比べてケティ様は、今もオレを含めて十人以上の護衛と、助手をしておる侍女を引き連れていると拝まれるほどだ。
「あら、慶さん。また来てくれたの?」
「いや、今日は御方様の往診の供をしておる。主はおるか?」
「ええ。いますけど。ウチからは流行り病は出てませんよ」
「念のためだ。すべての遊女屋を回っているんだ」
「分かったわ。ちょっと待ってて」
いかようでもいいが、ケティ様は何故案内にオレを指名したんだ?
「モテモテ?」
「モテモテの意味は分かりませんが、慶次は女に人気がありますからね。銭を持たなくても遊べるって評判でございますよ」
「こら、人聞きの悪いこと言うな。銭はちゃんと払ってる!」
なるほど。オレの勝手な噂が流れているわけか。ちゃんと銭は払っているというのに。
しかしまあ、人知れず古血の治療をして歩くとは。あとで余計に騒ぎになるだけな気もするがね。
叔父上たちがあれこれと懸念することも分からんではない。
「禄が足りない?」
「いえ、十分頂いておりますよ」
それと久遠家ほど禄の意味が曖昧な家も珍しい。
一応決められた禄はあるが、それは当主がもらい、その禄で一族郎党を養うのだ。されど久遠家では働きに応じて、ひとりひとりに禄が出る。しかも米や酒や食べ物は隣近所に分けるように頻繁に貰える。更に役目で遅くなったりしたときは、別に褒美が出るのだ。
禄と暮らしがまるで違うのはそのせいだろう。殿や御方様たちは
オレが遊べるのは、そのおかげでもあるんだが。
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