第六十二話・戦より面倒なこと

side:久遠一馬


 師走も半分を過ぎて、残りを数えるようになった頃、オレは清洲に通う日が増えていた。


 旧大和守やまとのかみ家と家臣の領地は織田弾正忠家のものとなった。ただし実際に土地を治めるには、町や村を正式に支配下に置く作業が必要になる。


 それと大和守家が放置した、流行り病の対処も必要だった。


 流行り病の対策は人が足りないので、沢彦たくげんさんに頼みこんで、寺社の協力を取り付けて、薬と食べ物を津島や熱田から運んできて対処している。


 津島神社や熱田神社が、治療に慣れた人を派遣してくれた時は、本当に祈りたくなるほど助かったね。


「一馬。奥方を借りて済まぬな」


「いえ、構いませんよ。この機会に領内の検地をしてしまいましょう」


 ただ、ここでエルが一計を案じて、織田弾正忠家は旧大和守家領の検地を行うことにした。


 無論、ただ検地を行うのではなく、流行り病と食料事情の調査と共にだ。旧大和守家領は一言で言えば、戦国時代の悪い部分が凝縮したような状態だった。


 傀儡の守護と守護代の下で、私腹を肥やして好き勝手する重臣。旧大和守家の直轄領も、代官が私腹を肥やしている所が多数あったみたいだし、とにかくみんな好き勝手にしていたみたい。


 帳簿はあったが役に立ちそうもないので、困窮する領民に雑穀などの食料を配布しつつ、流行り病の対策として患者の治療をする。


 そのうえで旧大和守家には税の資料がなかったからとの理由にして、改めて検地とついでの人口調査も行う。


 まあ農民も農民で隠し田を作るなどして、上手く誤魔化して生きてきたみたいだけどね。とりあえず食料と引き換えに、来年以降のための検地をした。


 食料と治療を優先しつつ検地をしているおかげで、抵抗はほとんどない。過去の不正が明らかになったところもあるが、そこは不問にしたしね。


 今まで以上に年貢が増えることはないと事前に説明しているし、実際に大和守家の時代よりはマシになるはずだ。


 ただここで大変だったのは、検地なんてしたことがない織田家の皆さんには、どうやって検地をしたらいいか分からなかったことだ。


 政秀さんは北条が検地をしていたとの情報は知っていたけど、具体的なやり方までは知らなかった。結果として流行り病の対策で忙しいケティとパメラを除いた、エルやメルティやジュリアやセレスまでもが検地の指導に出歩いてる。


「それにしても凄い量が集まりましたね」


「商人の動きの早さは一馬ばかりでないな」


 ああ、清洲の町も再建と流行り病の治療を優先しつつ、町の住人の人口と職業などの調査をした。


 ちなみに清洲の町の商家からは、戦勝祝いとして銭や米なんかが集まっている。信秀さんからは、特に要求していないんだけどね。清洲の町に津島と熱田の商人が来ると噂を流したら、向こうから持ってきた。


 領主が代わったからね。旧大和守家は断絶したので、彼らに貸していたお金なんかは丸損する。そのうえで清洲の商いもどうなるか分からないと知った商人たちは、戦勝祝いとして銭や米を持って慌てて新しい領主に挨拶に来たわけだ。


 この辺りは商人をよく知る信秀さんらしい上手い手だ。


「それにしても北条は凄いな。さすがに関東で覇を唱えるだけはある」


「調べたところでは今川も、今川仮名目録いまがわかなもくろくという領内統治の法があります。領内統治では進んでいますよ」


「法か」


「殿も尾張では上手くなされておりますが、法として定めた分だけ今川が上かと」


 ちなみに信秀さんは、検地と人口調査について興味を持ったのかすぐに認めてくれた。


 ただ与えるだけでは少し舐められる可能性もあるしね。病の治療と飯を食わせることと引き換えに検地をするというのは、ちょうどいいバランスだと考えたらしい。


 客観的に見て信秀さんの欠点って、曖昧なまま纏めるところなんだよね。この時代では当然のことだし、立場上仕方なかったんだろうけど。


 現状の尾張の統治は特に曖昧なまま緩やかな形で上手く纏めてる。ただ、それやると史実みたいに世代交代の時に苦労するんだよね。

 

 少し話が逸れたけど、オレも決して書類仕事が得意なわけじゃない。ただし元の世界で一般的な学校を卒業した程度の学力でも、この時代では優秀なほうになる。


 エルたちが実地の手伝いに行っている間に、オレは信秀さんの手伝いとして清洲城でいろいろ出来る範囲でお手伝いをしてアドバイスも求められるとしている。


「手強いわけだな」


「確かに。ですが今川にも欠点があるように見えます。隣国の北条と武田は強いですからね。それに家中もそこまでひとつに纏まっているかは疑念があります。正直、勝っているうちはみんな従うんですよ」


「北条とはわしも文をやり取りしておるが。金色酒を融通してほしいと言うてきたぞ」


「そうですか。では年内に送りましょうか。今川を牽制するためにも北条とはよしみを通じておくのは良いことです」


 なんか雑談ついでにいろいろ喋っちゃったけど、不味かったかね? 信秀さんは気にした様子はないけど、近習の皆さんが時々顔色が変わることがある。


 生意気なガキだと思われているんだろうか? まあいいだろう。分からないことは話をしないと誤解が生まれるし。それよりはいいはず。


「そういえば、岡崎は取るおつもりなのですか?」


「迷うておる。取れなくもないが、取れば今川と正面からぶつかるからな。松平を臣従させようとしておるが、現状を見れば役に立つか怪しいくらいだ」


「松平ですか。三河者は融通が利かず大変だったとセレスが溢してましたよ。三郎五郎様がご苦労をされていたとか。長い間、争っていた織田に素直に従うのは心情が難しいのは理解しますけどね」


「松平がそこまで考えられるならば、現状にはなっておるまい? あそこは先代の頃が忘れられぬのだ。かつては守山まで攻めてきたからな。今川も本音では、もて余しているのやもしれん。安祥城を落とせればよし、駄目でも負ければ負けるほど今川の三河支配が進む。義元が笑うておるのが見えるようだわ」


 うーん。三河の扱いは信秀さんでも迷うのか。まともに統治すれば変わるかな。岡崎を取れば三河支配も見えてくるけど、今川がねぇ。


 史実を見ると道三のほうが戦いやすい気がしないでもない。道三って、史実では織田信長を認めたことで優れた見識はあるように見えるけど、家臣に見捨てられたんだよね。


 強敵はどちらかと言えば今川だと思うんだ。


「そういえば、あの大砲は金でも混ぜておるのか? 巷ではお前が金で作った武器を使うたと騒ぎになっておるが」


「まさか。あれは青銅の一種です。船の大砲は雨風や潮に晒されて錆びてるだけですよ。清洲で使ったのは、ウチの家臣が毎日磨いていたので綺麗でしたけど」


「なるほど。ならば金色砲と名付けてみるか。中には金で大砲を作ったと信じる者も多かろう」


「金色酒に金色砲ですか? また騒ぎになりそうですね」


「よいではないか。それでまた儲けるがいい」


 うわぁ。また信秀さんが命名しちゃった。未来で黄金大名とか言われるんじゃないだろうな。ちょっと怖いわ。


 ただ本当に商いの儲ける秘訣、理解しているよね。実際のところ今の織田は儲けないとやっていけない。周りが見ているほど余裕がないからなぁ。


「大和守家の政は滅茶苦茶ですね。農民からの訴えの裁きも毎回違いますよ」


「大方、銭でも多く払った者に味方したのであろう」


「これはある程度、整理しないと駄目ですね」


 しかし、本当に戦国時代を甘く見ていたね。


 領地が増えても力で従うんじゃないかと、安易に考えていた自分に文句を言ってやりたい。そしていい加減な統治をしていた、信友とか坂井大膳に責任を取らせたい。


 数字が合わないなんて当たり前。書類がなかったり、あってもいい加減だったり。そういう時代なのは理解するけど、それを変えていくことは本当に大変だよ。



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