第四十八話・流行り病のあれこれ

side:織田信秀


「追放されてきた病人を受け入れたか」


「はっ」


「構わん。この件は一馬に任せたのだ。好きにやらせろ」


 清洲め。くだらぬことを。田畑も耕せぬ老人を捨てるのは珍しくはない。尾張は他国よりは米が採れるが、それでも食えなければ働けぬ者から切るしかないのだ。


 だが他家にそれを押し付けるは、敵対しておるというに等しいと気付かぬのか? わしも舐められたものだな。


「丁度よい。清洲との関所を、砦とするか」


「よろしいのですか?」


「わしがわざわざ教えたことを無視して、病人を押し付けたのだ。領民を守るためには仕方あるまい」


 状況が変わればやることは変わるのだ。今の那古野に手を出して黙っていると思っておるのか? 相も変わらず時勢の読めぬ愚か者ばかりだな。清洲は。


 一応主家でもあるしな。その気になればいつでも討てると放置していたが、少し付け上がったか。


 力の差が開けばいずれ蜂起するであろう。ならば今から力を削いでやるわ。


「そういえば三河安祥はいかがなった?」


「本證寺が助力をしておりませぬので、少し病が広がっております。一馬殿の奥方の医師と権六殿が、兵八百を連れて救護に行っておりますれば、いずれ落ち着くかと」


「やれやれ。実入りもないのに手間ばかりかかるな」


 懸念はまだある。三河の安祥だ。城と周囲を治めてはいるが、三河の者との関わりは必ずしもいいとは言えぬ。


 特に此度は一向衆の本證寺が、わしの要請を不要だと拒絶したのだからな。守護使不入を認めた以上は、口を出すなということか? それとも南蛮人など信じぬということか? いずれでも構わぬが面倒な土地だ。


 まあいい。安祥と三河の者に織田の力を見せてくれようぞ。本證寺の扱いはまた今度だ。




side:柴田勝家


「さて、パメラ殿。いかが致す」


「やることは一緒だよ。病気の人を集めて治療するの。あと食料が足りない村がないかも確認してね」


 安祥城はいかんとも言えぬ様子であるな。殿の庶子である三郎五郎様を筆頭に織田に従う三河の国人衆の中に、久遠殿の奥方であるパメラ殿とセレス殿がおるのだから当然か。


 正直わしにはよく分からぬ者たちだが、パメラ殿は医術の腕前が確かなのは明らか。わしが率いてきた兵もふたりの護衛だ。殿からはパメラ殿とセレス殿だけは、なにがあっても無事に連れ帰るように命じられておる。


「殿、本證寺の寺領は手が出せませぬが?」


「捨て置いて構わぬ。こちらからは二度も声を掛けなくてよいと、父上からも書状が来ておる。尾張の弾正忠家の領地では病で死んだ者はおらぬと聞く。皆の者、力を合わせて流行り風邪を止めようぞ」


 三河に来て久遠殿のやり方が、少なくとも間違ってはおらぬことを理解した。


 三郎五郎様の民は、まだ賦役で配った米や雑穀で食うには困ってないらしいが。岡崎辺りは秋の前に来た野分のせいで食うものに困る中で、流行り病が蔓延して死者が多いとか。


 矢作川を境に出来うる限り領境を閉じておるらしいが、ここは三河であり民や国人衆は以前は同じ松平の者だったのだ。


 完全に封じることは出来ておらぬだろうな。 




side:久遠一馬


「今川と北条は言い値で即決ですか」


「喜んでおりましたな。相場より高いと考えていたようで」


「儲かるまではいかないけど、尾張の薬代を今川と北条がかなり負担してくれましたね」


「伊勢や堺の商人も欲しがってますな」


「尾張で使う分以外は売りましょう」


 今日は津島で大橋さんと商売の打ち合わせだ。畿内から広がってるインフルエンザは、各地に広がり猛威を振るっている。


 織田家の名前で津島と熱田の商人が売っている漢方薬は、本当に飛ぶように売れるね。


 原材料は明との密貿易の際に仕入れた品物や、国内から買い集めた品物に、宇宙で生産したものがある。それをガレオン船で運んで漢方薬に調合して、尾張や近隣から集まった商人に売る。


 伊勢や堺などの商いの盛んな地域の相場を見ながら、織田家との関係で信秀さんが決めた値で各地の商人に売っているけど、これがまた儲かるんだよね。


 インフルエンザの対処で大変なはずが、大橋さんもホクホク顔だ。


「しかし材料の値も上がってますな」


「冬の前に仕入れたものが、まだウチの島にあります。こういうものは安い時期に仕入れておくものですからね」


 あまり高く売ると恨みを買いそうだけど、ウチは加工しているし宇宙で生産出来るから相場でも十分過ぎるほど儲かる。まして明との取引で絹や硝石は要らないから、薬の材料になるものとか買えるしね。


 インフルエンザのおかげで商圏がまた広がるかも。


「戦で儲ける者はおりますが、流行り病でこれほど儲けるとは。やはり自ら船を持つと違いますな」


「危険もあるんですけどね。船が沈めば大損です」


 この時代で馴染みある漢方薬なのも売れる理由だろう。表向き明の薬と称して売っているからね。


 裏の帳簿はもちろん儲かっているけど、表の帳簿もかなり儲かっている。この分だと尾張で使った薬や、食料の費用を賄えるかもしれない。


 信秀さんに報告をあげておこう。


「それにしても津島神社と熱田神社は、本当によく助力してくれますね。他は早くも祈祷の成果だと言って騒いでいる人たちもいるのに」


「今騒いでる者たちは褒美が欲しいのですよ。いつもそうです。流行り病の被害が少ないと、己らの成果だと言いますから」


 それと協力してくれてる寺社に関しては、インフルエンザを抑え込めてることに対して、自分たちの祈祷の成果でもあるのだと騒いでいる人たちが出てきている。


 尾張国内だと津島神社と熱田神社は織田家との関係を重視して、真っ先に協力してくれたしね。寺のほうも沢彦さんのおかげで協力してくれた。


 ただ、あの人。祈祷も医術の治療も両方やればいいって寺を説得したみたいで、一部の寺が上手くいったのは主に祈祷の成果だと騒いでいるみたいなんだよね。


 まあウチの治療を否定しないなら、好きに騒いでもいいけど。


 さすがに津島神社と熱田神社ほどになると、露骨に騒いではいない。年末も近いし少し銭でも寄進しておくべきかね。


「懸念は三河なんですよね」


「あそこは今でも松平に近い者もおります故に、本證寺などは武家の介入を嫌いますからな」


 尾張と美濃の大垣も比較的順調だ。残る問題は三河なんだよなぁ。あんまり対策が進んでいない。


 信秀さんに進言してパメラとセレスを送ったけど、信秀さんったら心配して勝家さんと八百の兵まで付けたし。補給だけは切らさないように、鳴海の山口さんとか知多半島の水野さんに頼んだけど。


 本当、三河は損切りしたい気分。でも尾張の安全を考えると安祥城は捨てられないよね。


 難しいね。本当。

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