第十八話・信長、南蛮船に乗る。

side:久遠一馬


 尾張は稲刈りのシーズンになった。


 信長さんの悪友の皆さんも実家の稲刈りに戻っていて、ここ数日は静かな日々を送っている。


 肝心の信長さんも、さすがに毎日のようにウチに来ているわけでもないし、遊んでいるわけでもない。学問に励み武芸の鍛練もしてるようで、それなりに忙しいらしい。


 オレたちはいろいろと計画が進行中であるが、正直現状ではあまりやれることはないんだよね。銅塊からの金銀抽出も高炉も牧場も、工事をする人集めとかあまり役に立たないし。


「へぇ。茶の湯ね」


「なかなか良いものですよ。未来まで残れば、国宝級になるかもしれません」


 もっとも信長さんたちが来なくても、津島や熱田の商人たちとかが挨拶にやってくるけどね。商売人はいつの時代も逞しいと感じるよ。


 皆さんわざわざ手土産として、掛け軸やら茶の湯の茶器や馬まで持ってきてくれる。


 茶の湯なんかは上流階級や裕福な人たちの間では結構流行ってるのかもしれない。


 個人的にこの時代の茶の湯って、金持ちの道楽にしか思えないんだけど。史実の織田信長はそれを政治に利用したんだよね。


 まあ賛否はあるのだろうけど、恩賞に土塊の茶器を与えることと、茶会を開く権利を与えることにしたのは英断だろうね。武芸にしか興味がない武士の意識が少しでも変われば良いし、恩賞にもなる。


「抹茶も嫌いじゃないけど。堅苦しいのは好みじゃないね」


「文化の多様性は、いいことだと思いますよ」


 エルが茶の湯の作法で抹茶を入れてくれた。こうしてたまにやるなら悪くないなとは思うけど。


 そういや、アンドロイドのシンディが茶道好きなんだよね。茶器が欲しいと言っていたな。幾つか送ってあげよう。


 信長さんに関しては、茶の湯や茶器が好きとか聞いたことがない。政秀さんが文化人らしいので、彼に習っているのかもしれないけどね。


 戦国時代って、本当娯楽らしい娯楽ないんだよね。もっと気軽に楽しめるお茶に出来ないものか。




「かず。津島に船がいるそうだな。乗ることは出来ぬか?」


 この日も信長さんたちが来ないので縁側でエルの膝枕で昼寝してたら、お昼過ぎに信長さんが小姓の皆さんとやってきた。相変わらず突然だなぁ。


 オレの癒しの時間は終わったらしい。


「乗るのは構いませんが、荷物を陸上げしていますので、船を動かせませんよ」


「構わん」


 たまには、縁側でゆっくりと昼寝でもしたらいいと思うんだが。今日は船に乗りたいらしい。まあ止まってる船に乗せるくらいなら、構わないだろうな。


 前々から船に乗りたいとは言ってたんだよね。タイミングが合わなくて乗せてなかったけど。


「いつ見ても大きい船だな。それに帆の形が複雑だ」


 結局オレとエルは信長さんたちと共に、港で荷物の陸上げをしてるガレオン船に来ていた。


 当たり前の話だけど、乗ってみるとガレオン船は見た目よりも大きい。信長さんは帆の形や意味に帆柱の数にまで興味を持ち、あれこれと質問をしてくる。


 答えてるのは当然ながらエルだけど。オレはそこまで帆船のことは知らない。


「これが大砲か?」


「ええ。そうですよ」


「凄いな! これがあればその辺の城など、木っ端微塵であろう!」


「確かに威力はありますが、これ相当重いので、陸上だと運ぶだけで一苦労ですよ」


 一部オーバーテクノロジーになる部分は誤魔化したけど、船底から倉庫や操舵室まで見ていく信長さんが、一番興味を持ったのはやはり大砲だった。


 確かにヨーロッパでも最新の青銅製大砲だしね。見た感じの凄みはオレも感じる。


 でも城を木っ端微塵と考えるのは、やはりまだ現実の戦の苦労を知らないからか。信長さん自身、春の田植え前に初陣を済ませたと言っていたけど。


 軽く聞いた程度だが、史実にあった通り三河で火を放ち帰ってきただけみたい。本人はそれも不満だったらしい。


「運ぶ手間か」


「運用も楽じゃありませんよ。火薬は湿気とかに弱いですし。あと命中させるのも、容易くありません。まあ数を撃てば、城を破壊するくらいは出来ますが」


 いつの間にかエルが先生のように教えている。


 信長さん、考え方の方向性は間違っていないんだけどね。大砲をひとつやふたつ揃えたところで勝てるほど、この時代の戦は甘くはないだろう。


 そもそも道らしい道がなく、獣道を街道と言っている時代だ。青銅砲なんてどうやって運ぶんだということになる。


「大砲より威力が落ちてもいいのならば、木で大砲を作るという方法も一応あります。あと那古野にある鉄砲の口径を、少し大きくした武器などもありますね」


「木で大砲? 大丈夫なのか?」


「もちろん数回使えば壊れます」


「うむ。いろいろとあるのだな。一通り手に入るか?」


「はい。木砲に関しては作らせたほうが早いですが、口径の違う鉄砲は次の船で運びます」


 あーあ、エルったら木砲とか大鉄砲まで教えちゃって。火力強化は既定路線だから、この機会に教えてしまうつもりなんだろう。


 ちなみに織田家で一番火縄銃を持っているのはウチなんだよね。


 古渡城と那古野城には幾らかあるみたいだけど、百丁も持ち込んだって教えたら政秀さんに驚かれたくらいだ。


 戦力の一部ではあるんだろうけど。命中率の悪さと雨がダメとか湿気がダメとか、扱いにくいうえに高価だ。現時点で主力になるような武器じゃない。


 ある程度数を揃えて、命中率の悪さを数で補うしかないんだよなぁ。とはいえ火力で戦をするのは間違いじゃない。早めに教えておくべきか。


「かず。今ここで大砲を撃てぬか?」


「騒ぎになりますよ。音が凄いんです」


「構わん」


 信長さんは目の付け所がいいのは確かなんだけど、やっぱりまだ子供だよね。大砲を撃つとこを見たくて仕方ないみたい。


 仕方ないので小舟で荷物の陸上げしてる人たちに警告して、一発撃ってみるか。


 ぶっちゃけオレもこんな大砲、撃っているところを見たことないんだよね。ちょっと楽しみだ。


 実際に撃つのは船を操縦させてる擬装ロボットだ。火薬と玉を込めると、海側に向かって大砲が火を吹く。


「うわ!」


「すげー」


「これだ! これが戦には必要なのだ! だが、これでは城のほうも考えねばならぬな。今の城の守りなど、意味を成さなくなるではないか!」


 大砲の轟音に小姓の皆さんが驚きの声を上げると、信長さんもその威力に興奮気味になった。


 うーん。この時代から大砲を使えば、確実に歴史の歯車を早める気も。でも史実に拘ってもいいことなさげだしね。


「かず。日ノ本に南蛮船とこの大砲を持つ者はどれほどおるのだ?」


「さあ。聞いたことはありません。私が知る限りだといないですね。南蛮人も容易くは渡さないでしょう」


「学ぶべきことは、まだまだ多いな」


 ガレオン船自体は数隻あっても特に脅威とは言えない。この船、そこまで近海の海戦で優位と単純に言えるものじゃない。


 でもこの時代の人間からすると、未知の兵器に見えるんだろうね。


 信長さんは他の大名などが、ガレオン船や大砲を持ってる可能性が低いことに安堵しつつも、不安も感じてる様子だ。


 リアルな戦国時代の人間からすると、南蛮船と海の向こうがどう見えるのか少し聞いてみたい気もした。


 この時代の日本の船も決して小さいばかりではないけど、日本の沿岸で運行する目的の船だから根本的に違うんだよね。


 信長さんもいつの日か、ガレオン船で航海する日を夢見てるのだろうか。




 ◆◆

 織田統一記には、織田信長が南蛮船を検分した際に大砲を撃たせたことが記されている。


 信長は大砲の威力に驚き気に入ったと記されていて、この後の織田家にも大きな影響を与えた。


 久遠家の南蛮船については、当時欧州でも最新だったガレオン船であることは様々な資料により明らかだが、黒く船体を塗っていたコールタールや水密機構などすでに欧州を超える技術を持っていた。


 一馬がいつからガレオン船を所持し、この頃に何隻ほど保有していたかは定かではない。


 ただ、津島に入港する船の頻度から見て、数隻から十隻以上は保有していたと考えられ、織田家に臣従した時点でも極東で最大規模の貿易をしていた可能性すら十分にあった。


 この時の織田弾正忠家は尾張統一前で水軍すらなく、そんな織田家が日ノ本でも有数の海軍力を得たことは幸運以外のなにものでもない。


 もっとも久遠家は一馬以前は目立たぬように密かに力を溜めていた一族であり、水軍や海軍力がない織田家は一馬にとって自分を売り込むにはちょうど良かったのだと語る歴史学者もいる。



 

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