第539話 kamome

友里恵は、駆け抜けていく白い電車特急を見て



「♪かーけ・・・ぬーけるー♪」と、歌う。


由香は「・・・の位置がびみょーだなぁ」



友里恵「ハハハ。♪ぬーけるーぅ・・真夜中のドアぁ♪」



由香「よせよせ、若い娘がいるんだし」



友里恵「アタシのこと?」



由香「アホ」


って、特大張り扇~・・・がないけど。チョップ!



パティは「ハイ?」



菜由「あ、いいの。こいつらほっといて」





知らないうちに、ブルー・トレイン「富士」は走り出していて

ゆっくりゆっくり。


気が付いてみると、傾いていた陽射しはもう、すっかりブルー。

夜のはじまり。




愛紗は車窓を見て「暮れて行くね」と。

山並みはごつごつ。

何か、切り出しているような山肌から、大きなパイプライン。



友里恵「あれは、生コン?」



由香「セメントじゃない?」



パティ「ハイ。石灰石とか」



友里恵「掘って、掘って、また掘って♪」と、お尻を突き出して



由香「人が・・・あ、いないか」



気が付くと、ロビーカーには誰もいなくなってて。




愛紗「煩かったのかしら」




菜由「いやいや、元々このロビーカーって静かじゃないもの」



デッキレスなので、連結器幌のところのドアだけが間仕切りだから

線路の音が盛大に入ってくる。

それに、二重床でもないので足もとからも、ごとごと。




「まあ、ロビーって言うよっか、昔のキャバレー」と、菜由。


友里恵「むかーし、あったよね。駅前の喫茶店。こんなの」と、ゴムの木を触って



由香「ああ、あったね。そういえば豊後森の駅前にもあった。

山北の駅にもあったし。」


理沙「うん、昔の機関区の跡だから似てるのかな」



山北も豊後森も、そういえば似ている。

大きな蒸気機関車の車庫があった町で、山あい。

鉄道の職員たちが沢山住んでいたと言うあたり。



昭和の頃なので、似ている感じなのかも。




由香「どういうワケか、臙脂のソファがふかふかで

薄暗くて。

ゴムの木があって。間仕切りにも鉢植えがあって。小石が詰まってて。」



と、そのまんまのロビーカーの装飾を見て「これが懐かしいのは昭和レトロ、だね」



列車と一緒に揺れているゴムの木を見ながら。




パティは「イマの喫茶店にもありますね、ゴムの木、椰子の木」



理沙「元気だもんね、割りと、どこでも」




友里恵「それにしても、ここの席ってお金になんないのにねぇ」



由香「セコ」



友里恵は走るマネして「ニッポンのセコ!頑張りますー!」




由香「それ、前もやったぞ」



友里恵「うう、スランプじゃー」




パティ「ハハハ」と、笑いながら。





♪ハイケンスのセレナーデ♪



ーーつぎは、中津に着きますーー。と、シンプルなアナウンス。

中津でこの列車から降りる人は、まずいないので

シンプル。



理沙は「あ、着いちゃうね、もう。それじゃ、みんな、元気で、あたしらは

ここから大分に引き返すから」


パティ「あー、お別れなんだ。速いなぁ、お話していると楽しくて。

それじゃ、またきてくださいね」と、友里恵たちに、お辞儀。



友里恵も「うん、きっとまた、いつか」


とは言っても、こんどいつ来れるかはわからないーーー。

そのことには気づかないフリ。




列車は少しスピードを上げた。


ロビーカーの揺れも少し、大きくなって。


タイヤの削れたあたりが、がたごと、がたごと。



夕暮れになってきた車窓は、だんだん、ブルー・グレイ。


空も暮れて来た。



時折見える海辺の向こうは、四国だろうか。灯りが見える。



船がゆらゆら、揺れているのも見える。

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