第529話 8号車

駅のアナウンスが、録音の

明るい、楽しげなお姉さんの声で。


ーー3番 ホームに 停車中の 列車は

16時 51分 発

寝台 特急 富士 号 東京行きですーー


と、単語の間が伸び伸びで聞こえるのが、愛紗には

懐かしく、のどかに聞こえる。



東京だと、苛々している人には気になるのかもしれないな、なんて

ほんの一週間前の東京駅の構内を思い出したりする。



都会は合わないなぁ、と・・・思ったりして。



ふと「青森ってどうなんだろう」と、思ったり。



10号室から出て、鍵を掛けて。

9号の菜由が出てくるのを待った。

廊下はちょっと狭い。もともと、カーテン式の寝台車に

ドアと隔壁をつけたので、その分廊下が狭くなった。

壁のぶん、狭いわけ。



先に、8号の友里恵が出てきて「ロビー行く?」と。


愛紗は「うん。みんなでいこ」と。



菜由は、のんびりドアを開けて出てきて「おまたせ」と、にっこり。


理沙と似ているがっちり型の菜由。

そういえば・・・ガイドになりたての頃、なんとなく菜由に

親しみを感じたのは、その雰囲気、かもしれなかった。


日野の伯母さんに似てるんだ。



そんな風に、ふと愛紗は思う。


友里恵は、由香の居るはずの9号のドアを、ノック。



こんこん。



ーーしーん・・・



「あれ?」




こんこん。



「はいってます」と、由香。





友里恵は笑って「トイレかよ」



由香もがはは、と笑って「おまた」



友里恵「お股?」




由香は、友里恵の頭を叩くふり「そーくると思った。ま、パティがいないからいいか」と。



じゃ、いこか、と友里恵。



由香は「イコカって関西弁」



菜由「そうそう。行こうか。」



愛紗は「SUICAみたいながあるね」



菜由「九州はSUGOCAだっけ」



友里恵「あ、買ってくるの忘れた」



愛紗「アレは通販で買えるとか・・・・わたしもICOCAは持ってる」



友里恵「ホント?見せて見せて!」




愛紗は、小さなバッグの中からおサイフを出して。

カモノハシのマンガ絵が描いてあるカードを出して「かわいいでしょ」




友里恵「なんか、ヘンな顔」



由香「似てるじゃん、オマエ」



友里恵「そっかなぁ。あたしはペンギンちゃんの方が似てそう」



愛紗「ペンギンちゃんもあるよ」と、SUICAの緑のカードを見せた。



菜由「SUGOCAは無いんだ」



愛紗「うん。まだね。絵がカエルちゃんだけど、あんまりかわいくないし」



友里恵「そっかなぁ。あたしは好き」



とかいいながら・・・16時40分。



友里恵「あ、ロビー行こう?」



そだね、と、みんな、とことこ・・・「狭いからホームでよ」と友里恵が言うと


由香が「迷子になるなよ」




友里恵「なるわけ無いじゃん」と、笑いながら友里恵は

9号車、A寝台車のデッキから降りた。



A寝台は、昔ながらの個室寝台で・・・絨毯敷きだし

ドアも木目で、どことなく厳かな感じもする。



愛紗も、9号車デッキからホームに出た。



「あ」


白いスーツの車掌さんは、来る時一緒だった日野さんだった。



「ああ、帰りなんだ、いい旅だった?」と、日野は笑顔で。

笑うと、伯母さんに似てるな、と・・・愛紗は思う。



「はい」と、愛紗。



背景に、まだ夕方・・・と言う雰囲気には遠い大分の16時40分。

西なので、日暮れは遅い。



まだ15時くらいの感じ。


日野車掌は「伯母がね、最近淋しがって。

時々寄ってあげてるんだ。


ひとりだと、やっぱりね。

具合が良くないのもあるけど」と。



愛紗は「伯母さん、どこか悪いんですか?」と、ふと。



日野車掌は「あ、つい口が。うん。ちょっとね。

ひとり暮らしだと余計、気にしちゃうから。

誰かと一緒に住んだほうがいいね、やっぱり。年取ると」



と、言って「あ、いえ、つい口が(^^;

一緒に住んであげて、って言ってるんじゃないから。ごめんなさい」と。

日野車掌はにっこり。



愛紗も、はい、とにっこり。


それじゃ、失礼します、と。お辞儀して

コンクリートのホームを、8号車ロビーに向かった。


7号車、食堂車ではいい香りがしていて。


ウエイトレスさんや、コックさんが

楽しそうにご飯の支度をしているのが窓越しに見える。

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