第507話 1500km

理沙は機関士なので、この・・・長閑な踏み切りで

ディーゼルカーが事故を起こし、一両廃車になった事を知っている。

黄色いディーゼルカーと、自動車との事故だった。


同じ風景を見ていても、そんな風に記憶が、異なる情景を見せることはある。



理沙は、だから「愛紗は、バス・ドライバーとしての情景を見ているのかな」

なんて思う。





長閑な風景は、いつも変わらないのだけれども。




カーブの向こう、線路脇、川沿いにホームが見えた。


鬼瀬駅。



スレートの屋根がついている待合が、ホーム脇に。



オレンジ色のポールに、ホーム確認ミラーがある。

ワンマン運転士が、確認しやすいように付けられている。




運転士は、主幹制御器ハンドルを0に。


制動弁レバーは、先ほどからノッチ3



しゅー・・・・・・と、排気ブレーキの作動音が屋根に響く。


下り坂だけれども、軽快に見えるこの赤いディーゼルカーは

意外と重量があるようだ。




左カーブしている駅、短いホームの停止位置は、コンクリートのホームの上に。




駆け上がりの崖、のように見える道路からの道には、幾つか階段がついている。

駐輪場がある。

道路は川より高く、更に下がって川。


橋が架かっていて、対岸には住宅が幾つか見えるが

田畑が殆ど。




長閑な停車駅。






友里恵は「なんか降りたくなるけど」



由香「またにすれば」


友里恵「股?」



由香「そっちにもってくなって」



友里恵「ハハハ」



パティは、一番後ろの窓から流れていく景色を見ている。




崖に沿って流れていく風景、眼下の道路と川。



「いい景色」


と、にっこり。




車両は停止し、ドアががらり、と開く。




ーーお降りの方は、車両の前のドアからお降りくださいー


と、優しげなお姉さん声で。





空は薄曇り。すこし涼しい。でも冷房が入っているのは九州らしい。



降りる人はいない。



横断歩道に、押しボタンの信号があって


その向こうから自転車を押してきた学生さんふう。


運転士さんは、それを見ていて。待っている。




停車時間がどのくらいか知らないけれど、ローカル線ってそんな、バスみたいな

ところもある。



学生さんは、自転車を止めて

ホームに駆け上がってきて、乗車した。



ゆらり




空気バネの車両は揺れる。



床下で、空気が抜けたり、入ったり。


しゅー、しゅ。


音がする。




ディーゼルエンジンは、がらがら・・・・と、アイドリングをしていて。





運転士さんは、計器板の懐中時計を見て。指差し確認。


乗降、終了。

鬼瀬、定時、発車。



車掌も兼ねている。



ドアスイッチを倒す。





つー・・・。ブザーの電子音がする。





ドアががらり、と閉じる。





閉塞、進行。



主幹制御器を1。


ブレーキ・ノッチを1から0に。



がらがらがら・・・と、ディーゼルエンジンは回転を上げて


軽快に、ディーゼルカーは走り始める。



♪ぴんぽーん♪


ーー次は、小野屋ですーー


と、録音の優しげなお姉さん声。




日南線もそうなので、この声を聞くと愛紗は、ふと

宮崎の事を思い出したりする。



長閑な海岸、森林を走るディーゼルカー。



青島、北郷、飫肥、串間。



風景は、美しい。





少しづつ、風景が平地に近くなってきて。



友里恵は「都会になってきたね」



由香「うん」



道路沿いに、コンビニがあったり。

自動車の整備工場があったり。



割と、どこにでもある風景に近づく。



旅が終わりに近づいたなぁ、と菜由は思ったりする。



菜由からすると、その景色は

見慣れた故郷に少し似ていて。


帰着した、そんな気持になったり。




今の住処は、はるか1500km向こうなのだけど。

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