第452話 ふうせん

コンクリートのままのホームの端、線路に

良く見ると、枕木で作った構内踏み切りがある。

ホームから降りる梯子が、コンクリートに掘られていて

手のカタチが左右に <=指差し   呼称=>


と。黄色いペンキで書かれていて。


そこを軽快に、ひょい、と飛び降りるように理沙は

整備士服のような、機関士の服と

携行品を持って。


線路を渡って。

数多い留置線が見える。以前は、右手に転車台があったけれど

今は埋められて平地になっている。

何れ、この駅そのものが高架になり

その時は・・・何になるのだろう。



理沙自身、そうなった時に大分機関区が残っているとも思えないので

どこかに転属になるのだろう。



「八戸とか、盛岡とか」


故郷青森に近いところに戻れるといいなぁ、なんて思ったりして。



スレート車庫の二階にある機関区で、点呼を受ける。



「26仕業、275列車橋本、帰着しました」と、挙手敬礼。


自分の仕業の最後、275レ、のところにハンコを押す。


区長は、のんびり「ごくろうさん。良かったね、超勤なしで」と、にっこり。

ちょっと細面の。


この時だけ制帽は被る。けど、すぐに取る。




理沙は「ハイ。」と、にこにこ。



携行品を置いて。壁面のネームプレートを見て「明日は休みだー」と、伸びをして。



区長は「ごくろうさん、今日のも超過だねー。1時間くらい」


ホントの仕事なら、久留米で休憩になるのだけど

日田ですぐに折り返しになったから。


昼休憩が短くなったので・・・。運転時間2時間、2時間、2時間・・・と、きっちり行かない。

6時間が1日単位である。


それは、仕方ない。



理沙は、ネームプレートをひっくりかえして赤い文字の方にする。


「じゃ、失礼シマース」と、にっこり。



区長も、区員も「ごくろうさん」



廊下に出て・・・・理沙ひとりしかいないのだけれども、女子更衣室(^^)で

着替えて、私服になって



「ゆふDXに間に合うかなぁ」と、理沙は壁の時計を見ながら。



まあ、特急でも各駅停車でも、15分しか変わらないのだけれども、由布院までは(^^)。



ゆふDX、は

元々観光特急の「オランダ村」、「ゆふいんの森」に使われたので

ゴージャスな感じ、でも、今はカジュアルな特急「ゆふ」に使われているので

自由席メイン。


そこがツーリストに人気。

車体は重々しく、ターボ・ディーゼルエンジンなので

機関士の理沙としては、エンジン・タービンの音が聞けるのも

楽しみのひとつ。



すこし、急いで「着替え、着替え」と・・・。

ひとりだけの更衣室で。



結構広いのだけれども「まあ、高架の時は・・・良くて大分運転所かなぁ」

電車と一緒の、川向こう、宮崎方面のひと駅。

そこでディーゼルカーに乗るのか・・・

或いは、どこか遠くの機関区に行くのか。



「希望だそうかな、そうなったら」



・・・・もし、愛紗が弘前機関区に入るなら・・・・。


なんて、ちら、と思わないことも、無かった。






愛紗と菜由は、ふつうにフロントで鍵を貰って(^^)。

なんとなく、フロント脇の金ぴかエレベータではなく

プラネッタ・ラウンジの横を通って、バーのところの

荷物用エレベータへ。



エレベータから降りてきたのは由香だった「あ」



愛紗「ただいまー」と、にこにこ。



語尾を延ばして、にっこりするのは


愛紗としてはちょっと、珍しい。



由香は「おかえりー」と、愛紗に合わせて。「あたしも今」



菜由は「どこいくの?」




由香「フロント」



と。


愛紗は来たエレベータに乗って「お部屋で」と、手を振った。



菜由は、その様子に「明るくなったな」と、思う。



旅して、よかったな。



そんな風に、思う。


菜由自身は、これから先も・・・変わらないのだけど

ちょっとだけ、自分がまだ愛紗と同じガイドだったころを思いだしたりした。




緊張したままのガイド見習い。

すこし慣れてきて、楽しくなったころ。



自転車に二人乗りして、愛紗とお買い物に行ったりした頃。



深町の運転するバスの前で、自転車で転んで

笑いあったりした頃・・・・。




ふうせんラッピングのバスから降りてきて、タマちゃんは

笑顔で自転車を起こしてくれたりして「乗ってく?」



菜由は、わざと転んだのかな・・・なんて


遠い記憶に、すこし恥かしくなったりした。




ほんとは、菜由自身も・・・タマちゃんに好意があった。のだろうと今は思う。

けれども、愛紗も・・・そうだったみたいだし。

石川が自分を好んでくれたから。



そんな、ふんわりとした思い出に耽った。一瞬。



旅してると、そんな・・・楽しい思い出に、フラッシュ・バック。

それもすてきな一瞬。

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