第429話 275列車機関士、こちら、大分指令。

ひとときの回想に耽っている理沙は、列車無線の声に

ふと、我に帰った。


ーー大分指令、こちら・・・85列車機関士。



ーー大分指令です、どうぞ。



ーー85列車、機関不調の為・・・豊後森駅構内にて進行不能、どうぞ。




機関士は冷静である。85列車、と言うのは・・・DF200率いる

「ななつ星」編成である。



ーー大分指令、了解。豊後森駅の指示を仰げ、以上。




ーー85列車機関士、了解。





理沙は思う。「DF200、故障かな?」

新しい機関車には、時々あるらしい。近年の電気制御が複雑な機関車は

故障すると、機関士でも手に負えない。


理沙だって、インヴァータ制御器が壊れたら交換する他はないから

手の施しようがない。


だから、蒸気がいいんだ、なんて・・・おじいちゃんや

弘前機関区の、おじいちゃんの後輩たちの言葉を思い出し、ふと、微笑む。




インヴァータ制御は、簡単に言うとコンピュータの数理置換である。


3相交流の、U、V、Wの3本の線に各々、交流を流し

それぞれの相変化を、回転させるように数値を変化させる。

もちろん、デジタル的な数値である。


その回転(周波数)と、電圧(数値)を、演算で求めるから

ほぼコンピュータである。


そういう事が機関車でできるようになったのは、半導体の進化によるもので

UltraHighCurrent-MOS-FETに代表されるような、

絶縁される半導体相互の接続、その膜にシリコン・カーバイドを使用でき

微細なそれを高積層させ、大電力に耐える素子とできる技術が確立したからである。


素子1個で1000vを越えるものすら存在し、アナログ制御も可能なほどの素子。


だが、そのコンピュータ・プログラムによる電力は、実験で求めても

実装し、列車が動いた時にどのような逆起電力を生むか、までは解らない。


理沙は思う。「おそらく・・・久大本線は起伏に富んでいるし・・・」

運転に慣れていれば、先の勾配変化を読んで

速度・慣性を抑える事が出来る。


訓練運転の機関士でも、真新しい機関車・編成、制御プログラムまでは解らない。



その負荷は、熱となって制御素子に掛かってしまう訳だ。



インバータ機関車の回生制御では、慣性によるリタード動作の場合

電力制御素子によって行われる。


更に、電気式ディーゼル機関車であれば、そのディーゼル発電機が発する電力が

インバータ側に接続されていると・・・。

回路を切断しておかないと、発電機コイルからの電力も素子・制御回路につながってしま


う。



・・・と、ちら、と読んだDF200の動作説明を思い浮かべる理沙であった。


が。



ーー275列車機関士、275列車機関士。こちら、大分指令。




「何かな?」と、理沙は  「275列車機関士、どうぞ」と、右上にある

列車無線のハンドマイクを取り、トークボタンを押した。




ーー275列車機関士。こちら、大分指令。

275列車仕業終了の後、85列車の救援願いたし。

大分駅6番線にてDE10を連結、重連単機で豊後森に向かえ、どうぞ。



指令は、冷静である。

本線上にあるDE10は1両。しかし、275列車を止めて救援には行けない。


大分機関区にディーゼル機関車は、この時間DE10が一両だけ。

しかし、重い豪華列車編成+DF200を1両では引けない。


幸い、クルーズトレインである。夜までに由布院に着けば良い。

時間には余裕があるし、夕方のこの時刻、大分ー由布院間は50分程度である。



クルーズ・トレインはディナーが行われる頃で、特に遅延は問題にはならないし

まだ、一般客ではなく招待客運用である。




理沙はしかし、残業(超過勤務)である。



「275列車機関士、了解。」と、応える。


断っても良かったが・・・。でも、クルーズトレイン編成を率いてみたいと言う

気持もあったし

重連統括だが、慣れたDE10 1205で牽引できるのは

ちょっと楽しいかもしれないな、なんて思ったり。



おそらく、他に機関士がいないのだろう。豊後森ー由布院を走る事が出来る・・・。


ディーゼル機関車の免許を持つ者は、段々少なくなっていた。

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