第330話 7レ、0500、出発。

翌朝早く・・・午前4時。


国鉄・熊本職員男子寮。


日光さんのお兄ちゃんは、もう起きて。


軽く、自分のお部屋でサンドイッチなどを食べたりして。


食堂も開いているので、ご飯が好きな人は食べても行ける。

さすがに、人はいないのでセルフサービスだが。

味噌汁とご飯は、いつでも食べられるように

温かいものがジャーに保存されている。


その辺りが、さすがに国鉄である。


お兄ちゃんは、優雅にサンドイッチで珈琲とか。



2時間で交替なので、そこで食べても、まあいい。

この辺りは、ひとそれぞれ。



今日の仕事は、貨物列車を率いて来た

ED76を、引継ぎで鹿児島貨物ターミナルまで、が1つめ。


そこで休憩。夜明けの頃だろうか。



夜明けの機関車は、なんとなく好きだ。



空想が、心に広がる・・・・。



左カーブをゆっくりと進行。


2条のヘッドライトの光芒がひかり


右側に、輝く朝焼けの海・・・・波頭、きらめく・・。


そんな景色を幾度となく見てきたが

いつ見ても、いいものだ。





制服を着て。


朝から半袖だと、ちょっと寒いので

長袖をちょっと、羽織っていく。



旅客列車と違い、ノーネクタイでいい所も好きだ。


どうも、あのネクタイと言うのは好きになれないので

電車の乗務はしたくない、と思う。



「女の運転士はノーネクタイなのに」と、疑問を感じる

お兄ちゃんだったり。


まだ25歳である。




部屋の扉を静かに開け、閉じる。


リノリウムのフロアを、静かにスリッパで歩いて。




エレベータで、ゆっくり。


1階に下りて。




まだ暗い。



運動靴を履いて、玄関の扉を開いて・・・・。


機関区に向かう。



歩いてすぐだ。





機関区は、24時間空いている。



熊本駅の方も、やはり人の気配がある。


旅客扱いは無い時間だが、不寝番の駅員が居るので

灯りも点いている。




構内を照らす白い水銀灯が、いくつも。


レールを輝かせている。



入れ替え用のディーゼル機関車の音が、遠く・・・低く・・・。



エンジンの音を響かせて。



時折、往来している。






熊本機関区、と

直裁に墨書で書かれた入り口の扉を開けて。




「おはようございます」と、お兄ちゃんはにっこり。




不寝番の指令は「ああ、おはようお兄ちゃん」(^^)。



妹のまゆまゆちゃんが良く来るので、なじみになってしまって。



携行品を確認。

カンテラ、信号旗はケースには入らないので

別に持つ。


アルコール呼気検査。


赤い腕章。


機関士

ENGINEER


と、白く刺繍された。


それを腕に付ける。


胸に


熊本機関区

  日光


との、真珠色のレリーフ・ネームプレート。



字の部分は、彫り込まれている。




制帽は、旅客の機関士と同じだ。




「仕業点呼、お願いします」



不寝番の指令は、にっこり。


「26仕業、日光。0500。出発します」と。


まだ薄暗い機関区。

事務員の姿も無い。



自分の列車番号の、熊本駅での出発位置に印鑑を押す。



列車番号は7である。




指令は「晴天である。支障情報なし。現在列車遅れなし」と、簡潔に伝達事項。


敬礼。


お兄ちゃんは、敬礼。




携行品のケースを持って「行ってきます」とにっこり。


指令は「気をつけてね」と、にっこり。



自分のバッグと、携行品。

結構な重さだが

雨でないのが幸いだ。


雨だと、傘さして歩かないといけない。

レールは鉄なので、滑るし



遠くに機関車があったりすると・・・タイヘン。


「まあ、貨物ターミナルだといいよな」


プラットホームが、あるし

屋根もついている。


熊本だと、まあ始発ってあまりないので・・・

中継ぎが多い。そこも楽だ。



機関車は動いた状態で来ているので、点検も楽。




貨物ホームの下り線で、待つ。



0450。



淡黄色のヘッドライトが、近づく。



風を切る音がする。



車輪が、レールの上を転がる音。


機関車が、重々しくレール・ジョイントを超える地響きが、足もとに伝わってくる。



空気ブレーキの軋み音・・・・。



貨物列車は制輪子ブレーキなので、きー・・・・・。と言う音に聞こえる。



停止位置、よし!。



しゅー・・・・と。機関車単弁・非常位置。



顔なじみの機関士は、お兄ちゃんの顔を見て、にっこり。挙手。


お兄ちゃんも挙手。



携行品とバッグを持って、後ろ側のドアからホームに下りた。



「7列車、熊本0450、定時。異状なし」と。

敬礼。


お兄ちゃんも、敬礼を返す。



ED76-125号機である。



「ご苦労様」と、お兄ちゃん。



「気をつけて、日光ちゃん」と。にっこり、交替の機関士。

「特急行くんだって?」



お兄ちゃんは「予備だけど」と言う。



交替さんは「そのうち本務だよ」


事実、そうなる公算は強い・・・・。

正直、イヤだ(笑)が。



お兄ちゃんは、ひょい、と機関車に乗り・・・

エア・ブロアーの騒音に包まれる。


狭い通路を通り、運転席に。



携行品を所定位置に置き、ブレーキハンドルに鍵を挿す。




ATS警報が、キンコン・キンコン・・・と、鳴り始める。


メインスイッチが入った為である。



赤いボタンを押して、解除。



空気圧、よし。

元空気ダメ圧、よし。


架線電圧、よし。


整流電流、よし。


ランプ類の確認。


モータ・変圧器・整流子温度、よし。



列車無線を聞く。



「7列車機関士、7列車機関士、こちら指令」


と、コールが入る。



「7列車機関士です、どうぞ」




指令は「7列車、信号現示、定時出発よし」


お兄ちゃんは「7列車、了解」




時計を見る。



メータ・パネルの中央に、旧式の懐中時計を置いて。



アナログの指針は、0459。



出発信号機は、先ほどから青である。



「前方よし、信号、よし!」


指差し確認。




白い手袋で、左手、人差し指、中指。




時計を見る。




編成ブレーキを緩める。

僅かに上り勾配なので、編成全体がゆっくり、後ろに下がる。

機関車単弁、ブレーキは掛けてあるので

連結器ばねが伸びるだけだ。



旅客列車だと、このテは使えない。


ゆらゆらすると気持悪いから、である(^^)。




05:00。



指令から無線。

「7列車、発車よし」



出発信号機は青。


「7列車、出発進行!」



お兄ちゃんは、機関車単弁を緩め


マスター・コントローラ

ノッチ1。


機関車が、ゆっくり進む。



ぐい・・・ぐぐぐ・・・と、連結器ばねが伸びて

体全体に重みを感じる。


車輪の滑りは、ない。


モータ電流を見ていれば分かる。



滑り制御のある、新型機関車だと

この辺りは楽だ。



「構内、制限45!」


見慣れてはいるが、一応確認である。



ノッチ2。


速度が乗ってくる・・・・。



本線に流入。



「本線、進行!」


青信号である。



速度、70。



慣性が付き、電流が下がる。


モータ温度も低下する。



この気分は最高である・・・。


2条のヘッドライトが、暗い闇に

レールを光らせる。


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