第85話 12D、野矢通過!

「夜行列車みたいだねー。」と、友里絵は楽しそうだ。



「トンネルが夜だったら、何日も走る列車だね。」と、菜由。



「『ゆふいんの森』って、どこにあるのかな」と、由香。



愛紗は「森は一杯あるけれど、ゆふいんの森ってないわね」



「ゆふいんの森」は、トンネルを出ると、緩く右カーブ。

道路も川もない、盆地を見下ろすように土手の上を走る。


ゆっくり下り坂。

左右は田んぼだ。



続いて左カーブ。



「旅してるって景色だねー。と、友里絵はにこにこ。



お弁当を食べながら。


割り干しの煮物、椎茸、筍と

この辺りで取れる山の幸ではあるが

至って地味で、若い女の子の好みには遠いような感じ。



でも、友里絵は「おいしーよ」と、言って。



由香は「友里絵も大人になったのか」と、自身も


その、おにぎりを箸でつまんで食べていたり。



列車は、ゆっくりゆっくり下り坂。

特急とはいえ、速度制限は75である。


そのあたりは、普通列車も特急も同じ。



谷間に見えるのが、野矢駅。



「ゆふいんの森」は、通過である。



駅前にはバスの停留所があり、古いバスが一台、停まっていて


学生さんらしい人たちが数名、バスから降りて列車を待っている。



日曜なのだけれども、クラブか、勉強か。



古いバスは、山間いに似合いのち7m車であった。



愛紗は、ふと大岡山で研修に乗った3491号を思い出した。



いすゞLR、8000cc直列6気筒エンジン。


高い木の床は油の匂いがして。




ハンドルは緩め、シフトも緩い。


でも、乗りやすい。


運転席右手にドアスイッチ、案内放送のスイッチ。右後ろに無線機とハンドマイク。



前面パネルの左上には、方向幕スイッチがあり、案内放送の設定テンキーがある。


市民病院行き、公園経由なら 341-1。


帰りなら341-2。



そんなことを思い出す。



一瞬に。




菜由は愛紗の様子を見て「何か、思い出かな」なんて察して

声を掛けなかった。



友里絵は「あいしゃ、お弁当たべよー。」



愛紗はお弁当を開けていなかったので「あ、そうね、ごめんね」と言って



じゃこめしの丸い蓋を開けようと、紙紐、駅弁でよくあるそれを引いて


曲げわっぱのような、経木つくりのお弁当を開けた。



蓋も経木で、林業の盛んなこの地らしい造り。



じゃこめしは、ちりめんじゃことお醤油の炊き込みご飯で

至ってシンプルな、美味しいごはん。


ご飯が半分、おかずが半分。

鶏肉の煮物、かまぼこ、お漬物、とびこ。


和風だ。



「おいしそーだね」と、友里絵。



「分けよ、」と愛紗は

お弁当の蓋にご飯を取ろうと。



「たくさんはいらないよー。」と、友里絵。



「太るからなぁ」と、由香。


ハハハ、と、笑う、みんな。



「ゆふいんの森」は、速度をそのままに

ゆっくり高度を下げていく。



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