第38話 愛

「そう、それでさ・・・あのゴジラ女がさ、20:05の

柳原行きね、タマちゃんの乗務の。アレに

わざわざ駅から乗って。制服のままでね。それで

『車庫まで乗せていって下さい』ってやったんだってさ。

その、セフレお願い!の前に。」

と、友里恵の噂話は続く。


由香は「うんうん、相手にされなかったんでしょ?」


友里恵は笑って「あの便、車庫に行かないのに。」と。


愛紗も覚えがある。


ガイド時代、なんとなく恋に憧れて。


彼のドライブするバスを調べて、駅で「市民病院行き」に乗って

恥かしくて話も出来ずに。


彼が「可愛いアイシャ」と言う曲の話をしたのに


「可愛い愛紗」と言われたと思い込んで。


真っ赤になってしまって。

恥かしくて、市民病院で降りて

駆け出して離れた。


なんて記憶がある。


まだ18歳だった。



その記憶があるから、この話も笑えなかった。





「愛紗もさ、経験あるでしょ?」と、友里恵。


「え」と、愛紗は言葉に詰まる。



「うんうん、わかるよー。女子寮が、市民病院のそばだけど。

椎原で降りた方が近いのに、終点まで乗って。

それで、車庫に帰るバスで、何か話したかった。そうでしょ?」

と、友里恵。


「よく分かるね。」と、愛紗は素直に。

嘘は苦手だ。



「何を言うつもりだったの?」と、由香。



友里恵は「鈍いねー。あんた。愛でしょ、愛。 『あなたが好き』って。

まあ、言えるもんじゃないよね。あたしも言えないよ。」と。



愛紗は、思い出して恥かしくなった。


18才だったものね。




「でも、恥かしくて、市民病院で駆け下りちゃった」と、愛紗。



「うん、だけどね、それでタマちゃんは『あの子、可愛いな』って思ったみたいよ。

辞める時も気にしてたって。」と、友里恵。



・・・かわいい、私?


愛紗は、思い出すとまた、頬が熱くなってきた。


由香「だーめよ、愛紗を本気にさせちゃ。それは3年前の話。今は遠い人だもん」



・・・そうだった。


愛紗は、現実を省みた。





「でもまあ、あの頃はみんなそうだったって。若いガイドはみんなタマちゃんに甘えて。

『おなかすいたー、なんか食べにいこー』なんて。点呼の時に言うんで

ドライバーたちが切れて」



と、友里恵。


由香は「ははは!男がヤキモチ焼くなって。みっともない。」


「そうそう。『新婚旅行に如何ですか、私の故郷鹿児島なんです』ってのもあった」

と、友里恵。



それは愛紗の親友、菜由の事だ。


でも誘ってくれないので、非番の日に

ドレスを着て、会社に来て

タマちゃんに見せたり。


一途に恋していた。と言うか、恋に恋していた。



で、今は整備工場長になった石川に見初められた。



「でも、謎なのはさ、タマちゃんも男でしょ?女としないのかな?」と

友里恵。



愛紗は、ちょっとドキドキ。でも恥かしくて聞いていられない(笑)。



由香は「童貞だって言う人もいたけど・・・・でも童貞だってひとりHくらい

するよね」


愛紗は、ちょっと恥かしさがピーク。


「ちょっとごめんなさい」と、廊下に出て、冷房で

頭を冷やそうと。


ドアを開けて。

廊下をスリッパで歩いて行き、10号車のデッキへ。




「ちょっとどぎつかったかな」と、友里恵。


「でもさ、現実だもん。そのくらいはね。認識しないと。

でも・・・・そういうの超越してる感じはするよね。

なんか。童貞だったとしても、その方がいいと思うな。

ヘンな女とした男より。」と、由香。



「あたしもそう思う。だったら、あたしがさ、筆卸ししてあげるー」と、

友里恵。



わはは、と、由香も笑った。



友里恵だって、誰ともしてないじゃん。とは言わなかったが。





愛紗は、まだドキドキしているけど


「ふつうの20歳って、ああなんだな」と思った。


現実に、生きている人間を見つめて。


困らないようにしてあげたい。


それが、生物的な欲でも。

好きな人のためなら、我が身も投げ出す。




女らしい思いやりって、ああなんだな・・・・。


愛紗自身は、まだまだ子供なんだと思ったりもした。

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