第179話 報告:短期戦は頭脳の試し合いである
重苦しい。その希望は一瞬にして消散した。
「怪我人を後方へ。秘術部隊は全力で治療にあたってくれ。クローディーヌ及び残存する砲兵隊は向かってくる敵を迎撃。躊躇うな。次の長距離砲撃には時間がかかる」
俺の指示に従い、各部隊が動き出す。第七騎士団が合流したことで一気に高まっていた士気も、あっという間に下げられてしまった。
しかしそれも無理はない話だ。だれだってあんな戦術兵器をみせられてしまったら危機感を募らせざるを得ない。そして何より、俺自身もそれは予想外であった。
(あんな骨董品クラスの兵器を持ち出すとは……。運用だけでいくらかかると思ってるんだ?)
帝国式巨大砲、通称『ドーラ・カノン』。前大戦時に建造され、結局使用されなかった兵器だ。コストが尋常ではなく、結局二門しか作られていない。
機動的な部隊には照準が定まらず、一発撃つ毎に冷却や整備に時間がかかる。砲弾のコストも馬鹿にはならず、そして何より、非常に重くて移動させるのにも時間がかかる。問題だらけで欠陥品。そう評価されていた代物だった。
普通であれば何の役にも立たない兵器だ。運用するくらいなら同じ値段で小回りのきく砲台をいくつも用意できる。その方がはるかに便利で有効的だ。
(しかし殊この状況、殊この戦場においては、まさに戦術兵器としていかんなく機能する)
こちらは動くことはできない。この城塞を放棄すれば、さらなる兵を募ることが難しくなるし、物資も枯渇してしまうからだ。そもそも他に撤退する先もない。
(それに一歩でも引けば、世間は俺達の敗北と見なすだろう。そうなれば、俺達は勝ち馬ではなくなる。揺れている連中も俺達を味方しない)
俺はそう考えつつも、同時にこれが好機でもあることに気付いてはいた。ここであの兵器を破壊できれば、その事実がかえって宣伝にもなりうるのだ。此方の勝利は部隊の士気を高め、同時に新たな仲間を作る。その意味でこれは正念場でもあった。
「副長!負傷した兵の応急処置が終わりました」
丁度そこに、レリアがやってくる。部隊を離れて以降まだ碌に話もできていないが、今はそれどころではなかった。
「ご苦労。すぐに防衛に回ってくれ。とにかく敵を近づけないようにしたい」
「はい!」
レリアはそう言うとまた走り去っていく。そしてドロテ隊のメンバーを集めて、城壁を上っていった。
(これで少なくとも一気にこの城塞を落とされることはなくなっただろう。相手は射程圏外かつ遮蔽物もない平野にいるんだ。支援砲撃のない歩兵など怖くはない)
今回は秘術に助けられた部分は大きい。一部先程の砲撃でこちらの砲台も破壊されたが、秘術隊がその穴を十分以上に埋めてくれている。これにより、敵も進軍を止めざるを得ないだろう。
(だが次にあの巨大砲を撃たれればどうなるかは分からない。クローディーヌの秘術で防ぐか?無理だ。いつ来るか分からない砲弾じゃ防ぎようがない)
俺は唇を噛む。となればやるべきことは一つだ。整備にはおそらく半日から一日かかる。それまでに大砲を破壊するしかない。
「敵部隊の足はほとんど止まったみたいですよ。中佐殿」
状況の報告に、グスタフ軍曹がやってくる。俺にかなり無理をやらされたせいか、少し俺への態度が雑になっている。
(まあ生きるか死ぬかの状況だし、大目に見るとしよう。……もし生き延びたら死ぬほどこき使ってやるが)
俺はそんなことを考えながら彼に指示を出す。
「了解だ。グスタフ軍曹。迎撃は砲兵隊に任せているが、砲撃が終わったら休憩を取るように伝えてくれ。ここからが正念場になる」
「分かった。だが何をするつもりだ?」
グスタフの質問に、俺は一度大きく息をはく。敵の部隊は日に日に増しており、兵力は最初の五千なんてレベルではないだろう。おそらくは一万以上の部隊が集結しているはずだ。
だがやるしかない。いずれにせよ、自分たちは馬鹿げた大博打を打ちに来ている。迷う余地など無かった。
「第七騎士団で至近距離まで詰め、あの巨大砲を破壊する」
俺はグスタフにそう告げる。グスタフもその意味するところを十分に理解したのだろう。諦めたように頭をかいて「了解」とだけ答えた。
「アウレール将軍、敵軍は体制を立て直し、再度迎撃を開始。此方の進軍、止まりました」
「まあ、一度で仕留めきれるほど弱くはあるまい」
アウレールはそう言って、頬杖をつく。戦場にまで肘掛けのある椅子を持ってこさせているのは世界広しといえどそう多くはないだろう。しかしアウレールにとってこの遠征は決して戦いに来たのではないのだ。
(あくまでこれは”観戦”。それ以上でもそれ以外でもない。彼等がどう戦い、そしてどう散っていくのかを確認するための“作業”みたいなものだ)
かつて若かりし頃の自分に恥をかかせた英雄達の子供。加えて前将軍の息子は自分に銃弾まで撃ち込んでいる。楽に死なせるつもりもない。
それにみずから出陣して英雄を討ち取れば、それが全て自分の功績として宣伝できる。これはアウレールにとっても重要な部分ではあった。
(危険の芽はさっさと摘み取るに限る。さっさとこいつらを排除し、帝国の不穏分子も排除してしまおう。はじめに死闘将軍の配下、次はあの魔術師の小娘だな)
だがこれで良い処分の口実ができた。これでまた面倒な連中を片付けられる。アウレールはそう思いながら遠くの戦場を眺める。
城塞からの砲撃が止んだことから、おそらく此方の進軍は完全に失敗したのだろう。だがそれも大した問題ではなかった。
本命は別にあるのだから。
「伝令だ。部隊に伝達しろ」
「はっ。どのように」
部下の言葉に、アウレールが答える。頭はこう使うのだ。そう言わんとばかりに。
「大砲周りに伏兵を用意しろ。おそらく馬鹿がやってくる」
アウレールはそう言うと、これから訪れる未来を考え、小さく笑った。
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