第171話 報告:ただ一つの十分な理由







 城塞への道のり、俺達は道なき道を進んでいた。森はほどよく俺達を隠しているが、いつまでも隠れているわけにはいかない。下手に身を潜めている時間が長ければ、あの村の人達に被害が及ぶかもしれない。


 彼等は決して口を割らないだろう。だからこそ見せつけとして殺される。それくらいのことは平気でやる連中だ。俺は、少なくとも今の俺は、それをよしとはしなかった。


「ねえ、アルベー……。アルベルトだったっけ?」


 少し寂しそうな顔をしながら、クローディーヌが言う。俺が「どっちでもいい」と言うと、少し表情が明るくなった。


「アルベール、あのグスタフって人、うまくいくかしら?」

「さあ。分からん」


 俺は足を進めながら、クローディーヌに答える。街道は流石に検問があるだろう。こうした回り道をする以上のんびりはしていられない。


「お前の心配は分かる。そもそもグスタフが逃げるかもしれないとか、うまく潜入できても途中で見つかるかもとか。そもそも第七騎士団が動かない可能性もある」

「そうね。そう考えてみると、随分と分の悪い賭けね」

「まあな。俺達二人につこうなんて人間は、相当な馬鹿だろう。だが……」


 俺が続ける。


「案外馬鹿は多いかもしれない」


 クローディーヌは「そうね」とだけ言って笑う。デュッセ・ドルフ城塞まではまだかなり距離があった。


(せいぜいあと三日。それ以上は待てない。あと三日したら帝国の連中に正面切って戦いを挑む。それまでにどこまでいくか……)


 城塞には着くだろう。しかしそれ以外のことは、何一つ分からない。


 それは馬鹿げた賭け以外の何ものでもなかった。














(クソッ。潜入に時間がかかりすぎた。急がないと……)


 グスタフは王都を早足で進みながら、王都の中心部へと向かっていく。王都は以前よりも少し人通りが少ない気がした。


(戦争の影響か?いや、違うな)


 グスタフはとっさに脇道に入り、やり過ごす。王国の憲兵らしき男達が我が物顔で通りを歩いていた。


(成る程。そういうことか)


 出発前にアルベルトから説明を受けたこと、それを思い出す。民衆に人気のクローディーヌと、それを排除したい上層部。今の状況はまさにそれを表していた。


「きゃあ!」

「おら!お前もあの裏切り者の信奉者だろ!」


 すると近くから女性の声が聞こえる。グスタフは咄嗟にその方向を見た。王国兵が女性を取り囲み、一人がその手を掴んでいる。


「何だよ?」

「……別に」


 憲兵の一人がグスタフに気付く。男性の憲兵が三人がかりで女性を連れて行こうとしており、一見してそれがまともなものでないことは明らかだ。尋問とは名目、その先で何が待つのかはグスタフにもよく分かる。


 しかし今ここで騒ぎを起こすわけにはいかなかった。


 グスタフは背を向け、歩き出す。別に王国に義理などありはしない。その女性がどうなろうと、知ったことではなかった。


(……あれ?)


 グスタフの足がとまる。


(そもそも俺は、なんで……)


「おら!早く来い!」

「嫌っ!放して!」


 グスタフは振り返る。既に身体は動いていた。


「おい」

「あ?何だおま……」


 その男が話し終わる前に、意識が刈り取られる。顎へ掌底を打ち込み、すぐさま次の男へと目標を移す。


(音が出る以上銃は使えない。殺しは足がつくから、ナイフもか。格闘術しかない)


 グスタフが手早く二人目を片付ける。しかし相手も抵抗する以上、多少時間を稼がれる。その間に三人目が秘術を起動した。


戦いの嘆きウォー・クライ

「……ちっ」


 二人目を片付けると、三人目が思い切りよく拳を振るってくる。グスタフはそれを受け止めるも、勢いよく吹き飛ばされてしまった。


「かはっ!」

「平民風情が!調子に乗るな!」


 すぐさまグスタフは詰寄られ、ひたすらに殴打される。ガードをしていても、それを貫くような痛みが走った。


(くそっ。秘術って奴は、こんなにも……)


 反撃の糸口を探すが、既に相手は強化済みだ。多少の工夫でどうにかなるような差ではなく、まるで子供が大人を相手にするような感覚であった。


(まったく、なんでこんなことになっているのやら)


 グスタフは意識が遠のく中、そんなことを考える。冷静に考えれば、こんなものを引き受ける義理も、馬鹿真面目に遂行する義理もない。とっとと諦めてしまえばよかったのだ。しかしグスタフにその気はなかった。


(あの男は指名手配がどうだとか、いずれ村に被害が及ぶとか言っていたが……。正直な話、そこじゃないんだよな)


 グスタフは殴られながら、笑みをこぼす。


 それは自分でもよくわかっている。どこか煮え切らない男の性というものだ。


(あの男がよこしたリスト。俺が情報を伝えるべき相手のリストに、彼女の名前があったから。それだけの理由でここまで来ちまった)


 ドロテの顔が頭に浮かぶ。もう一度彼女に会いたい。彼女の役に立ちたい。彼女が困っているのであれば、なんとかしたい。他に考えることなどなかった。今この女性を助けたのも、ここで見過ごすような男として、彼女の前に行きたくなかったからだ。


(まったく。恋人でもない女のために、こんなことまで……。我ながら呆れるな)


 グスタフは狭くなり始めた視界でその王国兵をとらえる。今まさにとどめの一撃をふりかざそうと拳を振り上げていた。


 しかしその拳が届くことはなかった。


「へっ?」


 王国兵が崩れ落ちる。眠るように意識を失っていた。それが秘術によるものであることはすぐに分かった。


 そして背後から人が近づいてくる。


「随分と酷い顔ね」

「……まあな。否定はしない」


 グスタフは振り返り、袖で血をぬぐいながら答える。すると彼女はハンカチを取り出し、グスタフの顔を拭いた。


「すぐに手当をするわ。来て」

「何も聞かないのか?」

「それは後にする。今は手当が先。それに他の憲兵が来るかもしれないし」


 そう促されるままにグスタフはついて行く。わずかに揺れる赤髪は美しく、その振る舞いには優美さを感じる。


 今すぐにでも抱きしめたい。殴られたことによる生存本能からか、より一層彼女に魅力を感じていた。そしてギリギリのところで、グスタフは理性を保っている。


「助かったよ。……ドロテ」


 その名を呼んだのはいつ以来だろうか。寝ても覚めても、彼女のことを考えていた。男らしくないと思いつつも、ずっと。


「気にしなくていいわ。私も助けられたし、それに今回だって助けに来たんでしょ?何が目的か知らないけど、わざわざこんな危険を冒して……。馬鹿ね」


 その言葉を聞きながら、グスタフは大きく息をはく。


 確かに自分は馬鹿だろう。きっと大馬鹿だ。


 だがもし、この人と手を取り合える未来があるのなら、そんな世界が作れるのだとしたら、命を賭けるに値する。それは確かだった。


(それだけあれば、戦う理由としては十分か)


 グスタフは前を歩くその女性をみつめる。そして少しだけ、頬を緩めた。




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