第114話 祝杯と苦汁と
「やれやれ。あれだけの死線を越えてからここに来ると、雰囲気の高低差にどうにも神経がおかしくなりそうだ」
フレドリックはなんで呼ばれたのかもイマイチよく分からないまま、その高級そうなワイン口に含んでいた。
帝都第二舞踏場。そこには色とりどりに着飾った貴族の夫人方と、でっぷりとお腹を実らせた紳士の方々がいた。
一応名目は戦勝パーティーらしい。もっとも基本的に軍人がこういう所には呼ばれない。所詮は会を開くためのお題目でしかないのだ。だからこそフレドリックは呼ばれた理由も大して分からなかった。
それに戦いも正直両者痛み分けな側面が強く、勝ったと言えるかは微妙なところであった。しかしそれでも英雄に一撃与えたと言う事実は大きいのだろう。実際にあの後セザール・ランベールは一時的に前線から離れているらしかった。
(しかし慣れないものだね。こういう場所は)
あくまで伝聞なのでどこまで正しいかは分からないが、帝国も中心の方は王国と大して変わらないのだとフレドリックは推察する。どんな場所でも権力者のやることなどそうは変わらないのだ。
フレドリックは胸元のバッジを見てから、ぼんやりと中心部に目を向ける。そこは貴族令嬢と若い有力紳士達が踊っている。皆権力者ばかりであり、フレドリックはどうもその中佐階級のバッジでは居心地が悪かった。
(このバッジも軍人達からすれば憧れなんだろうけど、どうもそんな価値があるようには思えないね)
フレドリックは「カツカツ」とバッジを指で叩く。乾いた音がしずかに聞こえる。
すると一人の女性に声をかけられた。
「あの……」
「え?」
不意に声をかけられ、フレドリックは間の抜けた声で返してしまう。そこには可愛らしい女性が此方を向いて立っていた。
「グライナー様でいらっしゃいますか?」
「あっ、はい。多分私のことかと」
フレドリックは要領を掴めないまま返答する。此方の女性に特に覚えはない。それなりに顔を覚えるのは得意な方と自負しているためおそらく間違いはないだろう。ならば何故初対面の自分に、ましてや軍人などに声をかけてくるのか。フレドリックは不思議に思っていた。
すると女性は一拍おいて言う。
「あのっ、私と踊っていただけませんか?」
「……え?」
またしても素っ頓狂な声を上げてしまう。見ると女性の方もかなり勇気を出して誘ったようだ。かなり顔を赤くしている。
フレドリックは内心「まいったな」と思いながら頭をかいた。
「やめとけ、アンネ。妹の恋路に口を出す気はないが、その男だけはダメだ」
「もう、お兄様はだまっていてください!」
この女性はアンネというのか。フレドリックはそんなことを思いながら彼女の後方から歩いてくる男を見る。その歩き方に立ち振る舞い。彼の顔などは見なくても分かる。
「ベルンハルト大佐、もう目の方はよろしいのですか?」
「ああ。この通り洒落た眼帯をもらったよ」
ベルンハルトはケラケラと笑いながら黒い眼帯を指して言う。帝国広しといえど、自分の目を失ってここまで余裕のある男はいないだろう。彼は例え四肢を失っても、堂々としているはずだ。少なくともフレドリックはそう思っている。
「すまんな、フレドリック。うちの馬鹿な妹が迷惑をかけた」
「馬鹿とはなんですか!それに迷惑なんて……」
アンネはそこまで言って、「はっ」と気付いたようにフレドリックの方を見る。フレドリックは小さく微笑んで答えた。
「迷惑になんてなってませんよ。むしろ喜びを運んでいただいたことに感謝しています」
フレドリックの言葉にアンネの表情がみるからに明るくなる。しかしフレドリックは丁寧に言葉を続けた。
「しかし申し訳ありませんが、踊りはご一緒できません」
「え?」
「亡き妻が……怒ってしまいますので」
フレドリックが優しく笑いながらそう言うと、アンネは何も言わず、スカートをつまみ、礼をしてその場を後にした。フレドリックは離れていくアンネをただじっと目で追いかけた。
「聡明な妹さんだな。兄貴とは大違いだ」
「ああ。だが男を見る目がなさ過ぎる」
フレドリックはそう言うベルンハルトに見えない死角から拳を入れる。しかしベルンハルトは容赦なくそれをつかみ、その鉄をも曲げかねない握力でそれを握っていく。
「痛たたたたたた……」
「フレドリック、お前も相当に馬鹿だな」
フレドリックはようやく放してもらった手をさすりながら「なんで死角なのに見えるんだ、化け物め」と恨み節を吐く。ベルンハルトはしたり顔でこちらを見ていた。
「……解せぬ」
「まだまだ甘いなグライナー中佐」
そんなことを言っていると、不意に舞踏場の照明が落とされる。そして前方で人が照らされていた。
「皆さん、本日はお集まりいただきありがとうございます」
「……議長さまのお出ましか」
帝国評議会の議長。今回の戦争の実質的主導者であり、数多の帝国軍人を地獄に送った張本人でもある。
「相変わらずつまらない話だ。先も読めるし、意図も読める」
フレドリックは壁にもたれかかりながら議長の話を聞く。見つかれば懲罰ものだが、暗い中では誰も見てなどいなかった。
「……そこで今回皆様に新しくお伝えしたいことがあります。まずは現在起きている王国との戦争の話です」
長い前置きを終えると、議長が戦争の話をはじめる。かなり此方に良いように改変されており、何も知らない人が聞けばまるで帝国の圧勝のようであった。
(しれっと抜け出して帰ろうかな)
フレドリックがそんなことを考えいていると、不意に黒服から声がかかる。一体何のことかと思うも、その疑問は議長の言葉により一瞬で解けた。
もっとも解けないままであった方が良かったかもしれなかったが。
「そして本日もっともお伝えしたいこと、それは帝国における新しい英雄二人をご紹介することです」
その言葉と同時に此方に照明が当たる。どうやら自分とベルンハルトに当たっているらしい。フレドリックは手でその眩しい光りが目に入らないようにしながらそう判断する。
「我が軍の新しい英雄、ベルンハルト将軍とフレドリック将軍です。本日より二人は、それぞれ死闘将軍と賢知将軍の特別将軍位が与えられます!」
議長の言葉に、貴族達がざわめき出す。皆興奮し、随分と楽しそうであった。彼等に取って戦争は、ちょっとしたイベントなのだろう。
「これでも予想通りか?フレドリック将軍」
「……やめてくれ。ベルンハルト将軍」
フレドリックとベルンハルトは、案内されるがままに前方へと連れて行かれる。これで壁にもたれることさえもできなくなった。
「先は読めなかったし、意図は痛いほど分かるな」
まさかこんなことで戦意高揚をはかろうとは。浅知恵にも程がある。しかし効果はてきめんのようだ。皆馬鹿に相違ない。
(今日はもう帰れそうにないな)
フレドリックは本日呼ばれた意味と、先に待つ面倒な事象を理解し、ただただ苦い顔をした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます