第112話 英雄はここにいる

 







「狼狽えるな!敵の砲撃など此方の秘術で強化した防御の前には役に立たん。ここはじっと耐え、確実に前進だ」


 セザール・ランベールは今までにない敵の反撃にも冷静に指示を出す。その判断の速さは英雄と称される男だけあり、フレドリックも「見事」と認めていた。


「くっ、くそ!」

「やめろ!むやみに突出すれば小銃の餌食に……うあっ!」


 しかし反撃を食らい浮き足立ったのは王国軍であった。多少砲撃を食らったところで別に彼等には秘術による保護がある。怪我はするかもしれないが、直撃でもなければそうそう死なない。


 だがそれはあくまで防御を固めていた場合の話である。反撃されたことで頭に血が上り、防御秘術を解いて速攻をしかけてしまう騎士も多い。しかしそうした騎士達はフレドリック配下の兵士達により小銃や手榴弾の集中攻撃を浴びて力尽きていく。


 当時の小火器はその後の大戦と比べれば秘術を打ち破るにははっきり言って力不足であった。しかしフレドリックはそれを集中させる形で運用、そしてそれは十分に効果を発揮した。


「穴が空いたぞ。そこへ火砲を集中させろ」

「了解!」


 フレドリックの合図で砲兵隊が大砲の向き、角度を調整する。そして訓練された砲撃は瞬く間に王国軍の陣形の弱点を突いていった。


「敵は陣形を整え、楯を構え、防御秘術を唱えることで時間を稼ぐつもりだろう。そしてセザールの次の一撃で一気に此方を破壊する。だがその陣形に穴が空けば?防御秘術のない場所に榴弾を撃ち込めば?どうなるかは想像に難くない」


 フレドリックの見込み通り、王国の騎士団はずるずるとその陣形を乱していく。陣形を整え、決戦により敵を粉砕する決戦主義。揺るがぬはずだった王国の戦術は、今まさにその神話を破壊されようとしていた。


「要塞に馬鹿正直に突っ込む連中に負けてたまるかって話だ。全軍、残る砲弾を一気に……」

「中佐!あれを!」


 フレドリックは指示を中断して敵部隊を見る。するとそこには紫の花が一面に広がり、そして撃ち込まれていく砲弾は皆消え失せていた。


「『紫の地平を抱いてショーム・レム・ボンド』。……まさかこの戦争で使うことになるとはな」


 セザールは城塞に佇む一人の将官をみつめる。王国が苦戦するならば、きっと彼によってだ。既にセザールの中で確信に変わっていた。


「秘術ってのは何でもありかよ。……それに、なんか嫌な見られ方をしている気がするな」


 フレドリックは頭をかきながら中心にいるその英雄を見る。遠く離れてはいるが、確かにお互いの視線がぶつかった気がした。


「砲弾が降ってこない。成る程、これは好都合だ」


 ガキンッという音とともにセザールが後ずさりをする。今受けた一撃は、これまで受けてきたどんな一撃よりも重かった。


「しかし広範囲防御秘術を使ったら、どうやら自身への強化はおろそかになると見える」

「黒い騎士団……。なるほど、噂通りの実力のようだな」


 セザールは再び聖剣を構え直す。味方部隊も混乱の中襲撃され、戦場は一気に混沌の渦へと引き込まれている。ここまで乱戦になってしまえば、『王国に咲く青き花フルール・ド・リス』は使えない。


「帝国軍大佐にして黒騎士団の団長、ベルンハルト」

「王国軍第一騎士団団長、セザール・ランベール」


 両者は共に剣を構え、少しだけ姿勢を低くする。そして両者ともに風のように動き出した。


「「参る!」」


 双方の剣が火花を散らしていた。












「まったく、完璧なタイミングで襲撃をしかけてくれるなあ」


 フレドリックは果敢にも敵の騎士団に襲撃をかけるベルンハルトの黒騎士団を誉めていく。


 砲撃の効果がなくなり、敵が落ち着く前に襲撃を仕掛けてくれた。このお陰で、こちらは敵の戦術を十分に機能させないまま戦うことができる。


(とはいえ敵がこちらに馬鹿でかい攻撃秘術を使えば、あっという間に壊滅してしまうだろう。しかし黒騎士団が入り乱れた場所に砲弾は撃てない。どうしたものか)


 フレドリックは顎をさすりながら次の一手を考える。そして自分の手持ちの駒を考えてまだ一つ駒があることに気がついた。


「シュタイガー中尉、アウレール隊に連絡を」

「アウレール隊に?」

「ああ。電報を打ち、光信号も送れ。メッセージは『今ヨリ攻撃ニ参加セヨ』だ」


 フレドリックの配下には銃兵や砲兵など様々な兵士がいる。しかし白兵戦を行うことができる部隊はシュタイガー中尉が率いる数百人の部隊である。


 彼等は荒々しくも勇敢な兵士だが、いま投入すれば本陣が空いてしまうため送ることはできない。


「現在入電中!光信号も送っていますが、依然として反応無し!」

「信号弾は?」

「既に撃っています」

「やれやれ、ビビったか。これだから貴族のぼっちゃんは」


 フレドリックは首を振りながら再度戦場を見る。王国軍が徐々に体制を立て直し始めていた。


 このままでは次の秘術が来る。そうなればアウレール隊、もしくはフレドリック隊はその餌食となるだろう。徐々に部隊には焦りが生まれ始めていた。


「アウレール隊、依然として動かず!……クソッ!何をやってるんだ!」


 シュタイガーが怒りをぶつける。それは部隊の兵士達も同じであった。命のやりとりをしてこなかった連中ほど、実戦で足を引っ張るやつはいない。


 しかしそんな中、フレドリックは一呼吸おいて彼の肩に手を置いた。


「まあ落ち着けよ中尉」


 フレドリックはそう言うと軽いストレッチをしながら戦場の方へと歩いて行く。シュタイガーはその姿を呆然と見つめていた。


「しょうがない。……中尉、しばし指揮を任せる」

「え?ちょ、ちょっと中佐!」


 既にその背中は遠くなっていた。













(クソッ、こいつ……強すぎる!)


 ベルンハルトはその剣を振りながら、額に汗を流していく。今目の前にしている英雄は、秘術を万全に使っているわけではない。しかし此方は彼を押すどころか押し返され始めていた。


(部下達は互角。だが俺自身が押し返されれば、部隊ごと一気にやられる)


 ベルンハルトはさらにその剣を加速させ、攻撃を仕掛けていく。しかしセザールはそれをいなし、反撃さえ加えていた。


「……よし」


 セザールが自らに秘術をかけ直していく。秘術を知らないベルンハルトからしても、それが脅威であることはよく分かった。


(まずい。あの大技を撃たれる……)


 ベルンハルトは足に力を込め、懐に飛び込む。しかしそれがいけなかった。


「甘いっ!」

「しまった!」


 ベルンハルトの攻撃がいなされ、セザールに隙を与えてしまう。この一瞬の隙は彼等にとっては十分すぎた。


「見事だった。帝国の騎士よ」


 セザールがその剣を振り下ろす。ベルンハルトは自らに向かうその剣が非常に鮮明に認識できた。


(死んだ、か……)


 ベルンハルトは死期を悟る。ゆっくりとその剣が迫ってくる。


 しかしその一撃がベルンハルトに届くことはなかった。


「なっ……」

「勝利を確信したとき、攻め気になったとき。そんなときこそ注意しなくてはね」


 見るとそこにはセザールの脇腹にレイピアを突き立てているフレドリックがいた。


「血は力なり」。そう言ってフレドリックは剣を抜く。


 細いレイピアでは致命傷にならなかったみたいだが、それでも十分なダメージを与えていた。


仕組まれた血の宿命フルーフ・デス・ブルート』。自らの血によって強化された一撃は、英雄の堅い鎧さえ貫いていく。


「なるほど、英雄は此方だけとばかりに自惚れていたみたいだな」


 セザールが不敵に笑っていた。







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