第111話 心の戦争
「敵軍、西側よりおよそ八千。旗印から見て、セザール・ランベールの軍だと思われます」
帝国軍の兵士の一人が報告し、その報告に兵士達の緊張が高まっていく。敵がセザール・ランベールだと知れば、無理のない話であった。
今回の大戦で帝国軍が失った兵のうち、その半分近い兵がかの部隊による被害だとも言われている。それが結局事実であったのかは誰も分からぬ事であったが、かの英雄部隊と交戦した味方兵士達の恐怖の言葉が帝国中へと広まり現在へと至っている。この城塞に駐留している兵士達もそうだっただろう。
彼を除いて。
「まったく、いわんこっちゃない。だからこんな所には来たくなかったんだ」
フレドリックは「あーあ」と髪をかきあげながら呟く。それは本来であれば指揮官にしては頼りない姿だったろう。若造の指揮官がこんな態度であれば、普通なら兵士達の信頼を失いかねない。
だが今回ばかりはそうではない。
「中佐殿、ベルンハルト将軍は城塞を出て南側に布陣しております。それにアウレール中佐は北側へ」
「まったく。連携なんて取る気ないのかね?彼等は」
いつも通りのフレドリックの様子に、周りの兵士達もどこか落ち着きを取り戻していく。それは戦って勝つための大前提であった。
(初めから萎縮していたのでは単純に力負けする。この人はそこまで計算して振る舞っているのだろうか)
シュタイガーは横目で兵士達の様子を観察した後に、フレドリックの方を見る。フレドリックが少ししてその視線に気付くと、彼は「どうしたものか」と肩をすくめてみせる。そんな彼の様子に、シュタイガーはそれが故意だろうがそうでなかろうがどっちでもよくなってしまった。
デュッセ・ドルフ城塞の攻防戦が今、始まろうとしていた。
「なんだあいつらは、まるで攻撃する気配が無いじゃないか」
アウレールは南側に布陣するベルンハルトの黒騎士部隊を観察する。今回アウレールが重要視しなければならないことは彼等に戦果を先越されないようにすることであった。
しかしだからといって一番に攻撃を仕掛けるほどアウレールは愚かではない。そんなことをすれば、大地さえ割りかねない敵の秘術を受けることになる。そんなものを食らえば何をすることもできずに命を落とすだろう。それは馬鹿げている。
(此方が仕掛ける振りをして北側に布陣すれば、てっきり功を焦って攻撃を仕掛けると思ったが……。あの抜けている中佐はともかく、ベルンハルト大佐まで動かないとは。……腰抜けめ)
アウレールは自分の思惑通りに行かないことに苛立ちを募らせる。しかしだからといって此方から動くことのできるものでもなかった。
「敵主力部隊、まっすぐ城塞へと向かっていきます!敵側面は無防備です。攻撃しますか?」
報告してくる部下をアウレールは黙って殴りつける。殴られた兵士は少しよろめくもののすぐに敬礼し直した。
「馬鹿が。今攻撃なんてしてみろ。あの秘術とやらであっという間に消し炭にされるぞ」
「しかし、これでは守るべき城塞が……うぐっ!」
「口答えはするな!此方は黙ってフレドリック中佐の指示を待つ。もっとも、それが妥当なのものでなければ従わぬがな」
無論指示を待つことなく城塞を出てきた此方に、フレドリックが指示を出す可能性は低い。それを分かった上でアウレールは言っていた。
今回の戦いは指示書の上ではフレドリックに指揮権が委ねられていた。だがそれに各々が単純に従うほど、帝国軍の指揮系統は誠実ではなかった。
こうした命令権の順位は度々身分や権力によってねじ曲げられ、時には現在のアウレールのように旺然と命令無視がまかり通る場合もあった。これが本部に持ち帰られても、権力によって揉み消されることもまた然りである。
この帝国の指揮系統の二重性は度々指揮の混乱を生みだし、敗北の要因とさえなっていた。
「敵、味方城塞へ攻撃します!」
アウレールは報告を受け、慌てて王国軍の方を見る。凄まじい光とともに城塞の西側部分が半壊していた。
「な、なんて威力だ……」
噂はかなり事実に近かった。勿論山を割るようなことはなかったが、それでも帝国が必死になって作り上げた城塞は既にその防御力を失っていた。
既に決着がついたかに見えた。しかしそれ以上に驚くべき景色をアウレールは目にすることになる。それは今までただ一方的に攻撃される対象だった帝国軍の、ある意味では初めての反撃でもあった。
『
半壊した城塞の中から、多数の砲弾が王国軍へと襲いかかった。
「戦争というものは実はかなりの部分『心』がその勝敗を左右している」
「え?なんでありましょうか?」
ベルンハルトの言葉に部下が聞き返す。ベルンハルトは気にすることなく話を続けていく。
「アイツの言葉だ。普通に戦えば、お互いの損失は同程度になるはずだと。しかし現実はそうはならない。それはどちらかが戦意を失い、恐慌状態になってしまうからだ」
兵士は要点を掴めない様子で、ただベルンハルトの方を見ている。ベルンハルトは「今のは忘れてくれ」とだけ言って再び王国軍の方を見た。
敵が怯え、戦意を失えば片方が一方的に攻撃を加えることになる。逃げる背中を切りつけるのは、向かってくる敵と戦うよりはるかに簡単で安全だ。
では恐怖を生み出すのは何か。それは『無知』、そしてそこから来る未来への『不安』だ。自分が死んでしまうのではないか。そんな不安が兵士達の心を蝕み、戦意を失わせてしまうのだ。
(あの様子だと兵士達にセザール・ランベールについて相当丁寧に説明したようだな。秘術は連発が効かず、一撃で城塞を破壊しきる威力はないということまで。これまでの記録から計算したのか?これまで現場にも出ずに後方で何をしていたのかと思ってはいたが……。しかも兵士達もその言葉を信じ切っている。これは説明の合理性に加えて、これまでの戦いから来る信頼関係もあるのだろう)
兵が人である以上、戦争を行うのは人間だ。だからこそ心を理解していなければそもそも戦いにすらなりえない。これまでの帝国はそもそも王国と戦いなどできてはいなかったのだ。
しかし今、それが動こうとしていた。
(そして此処でかの英雄部隊に反撃を加えることができたなら、本当の意味でこの戦争は対等の戦いになる)
ベルンハルトは甲冑をかぶり、魔術を唱える。黒騎士部隊は魔術と剣術を融合させた速攻型の実戦部隊である。浮き足だった敵を攻撃するにはもってこいであった。
(これは計算づくか?フレドリック)
『兵は神速を尊ぶ……』
ベルンハルトが呪文を唱える。それに合わせて、他の騎士達も呪文を唱えていった。
「行くぞ、勇敢なる戦士達!敵が次の秘術を撃つ前に、英雄の首をとる!」
「「了解」」
黒の集団が王国騎士団を襲う。
デュッセ・ドルフ城塞をめぐる戦いがはじまった。
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