第97話 報告:予期せぬ幸運






「フェルナン隊の面々は思いのほか士気が高いな」


 俺は現在進行形で進んでいるその攻防を見ながら小さく呟いた。


 これまでの戦い、そして彼自身の性格から俺はフェルナン・デ・ローヌを今回の戦いにどの程度組み込むべきか考えあぐねていた。


 人間は単純な生き物だ。自らの成果が認められる、もしくは認められる可能性が高いと判断するや、途端にやる気が出る。


 ここで重要なのはやる気が出たときには同時に能力も向上しているという点だ。戦場で士気の高さが重要視されてきた背景には、そのような根本的な力の向上も意味している。


(賢知将軍アウレールと戦った後の評価でも、彼の評定はそれほど高いものではなかった。一応報告書で彼になるべく勲功がいくようにはしたが、それでも満足いくものではないだろう。なのに何故?)


 俺は予想していなかった幸運に少し戸惑いつつも、再び戦場へと意識を集中させる。いずれにせよ、この場を生き残ることが優先だ。


鉄槌の赤フラム・ルージュ


 城塞がドロテ隊の秘術で燃え始めている。別に木製でない砦に火を付けても崩れはしないが、それでも城壁に敵が位置できない事こそが重要だった。



「フェルナン隊、門を突破しました!」

「よし。クローディーヌに防御秘術をやめて攻撃に転じるよう伝えろ。俺の隊はクローディーヌに任せる。彼女にこのことを伝えた後で指示を仰げ」

「はっ!」


 俺の副官が手早く馬に乗り颯爽と駆けていく。


(砲兵隊もほとんどその役目を終えた。これ以上は俺が指揮をとるまでもないな)


 俺はそう判断すると「ここは任せる」と言って馬を駆る。城塞である以上は敵の指揮官、いやそれなりに位の高い将官がいるはずだ。捕縛できれば、情報も入手できる。


 何の気なしに動いたこの行動が、俺の今後を大きく変えることになったことはこの時知るよしもなかった。










「何故だ。何故こんな……。我らの方が圧倒的に有利な位置にいたはず。高台から一方的に攻撃を加えることができたのに……。それなのに何故……」

「軍団長!敵軍が門を突破!このまま流れ込んでいます」

「バリケードだ。すぐにバリケードを」

「無理です。敵の騎馬隊は秘術で強化されており、バリケードもあっという間に突破されます」

「ま、ま、まずい!」


 軍団長はそう言って素早く自分の荷物をまとめる。装甲車に乗りさえすれば、最低限生き延びられるだろう。考えるのはそれからでいい。


「軍団長!指揮を!まだ味方が戦っています!」

「死んではどうにもならん。砲台も城門も破壊されてはもう為す術がない」


王国に咲く青い花フルール・ド・リス


 その瞬間、凄まじい衝撃波と共に城塞の一部が破壊される。それは城塞内部にいた彼等にも十分すぎる程聞こえるものであった。


 アルベールからしてみれば『後で自軍の拠点として使う設備を破壊するなんて』と悩みの種でしかないだろう。しかし結果としてみればそれは素晴らしい効果を王国側にもたらした。


 その一撃は瞬く間に帝国側の士気を底にまでたたき落とし、もはや王国側に被害が出ないレベルにまで戦線を崩壊させたのだから。


「くそっ!私は撤退するぞ!」

「軍団長!」


 軍団長はそう言って装甲車に乗り込み、運転席にいる兵士に出すように伝えた。部下の悲痛な叫びをバックに装甲車は勢いよく飛び出し、デュッセ・ドルフ城塞を後にした。


「ふう、これでなんとか」


 軍団長はひとまず自分の命が助かったことに安堵する。しかし指揮官がいの一番に逃げ出したことは少なからず責任問題になる。なんとか今からでも証言を作り上げなければならなかった。


「おい、君」

「はい」


 軍団長が運転手に声をかける。


「私たちは命からがら城塞を後にした。いいな」

「はあ」

「はあ、じゃないよ。そう言わなければ君も敵前逃亡で責任は免れないよ。下手すれば銃殺だ。だが大丈夫だ。私がお前を庇ってやろう。だから私の言うとおりに……」


 それ以上の言葉が発せられる前に、銃声が軍団長の言葉を奪う。軍団長は肩を押さえながら、呼吸を荒げていた。


 運転手のもつピストルから薬莢がおちた。


「貴様、何をする!」

「何って任務ですよ。作戦行動です。少しは察してください」


 そう言ってアルベールが後部座席の軍団長に顔を見せる。ピストルや軍服は帝国兵から奪ったものだが、流石に見覚えのない顔に軍団長も理解した。


「貴様、王国軍か!」

「その通りです。ですのでこの車は貴方が逃げるところを帝国兵に一通り見せたところで、第七騎士団のもとへ行かせていただきます」

「貴様!」


 そう意気込む軍団長も、既にかなり弱っていた。それもそのはず、そのよく出た腹を見れば大した訓練をしていないのがよく分かる。そんな不健康な肥満体が銃弾を受ければ、急所でなくとも身体はパニックを起こす。


「何が望みだ!欲しいものならいくらでも……」

「何って、あんたの身柄で十分ですよ」


 アルベールはそのまま車を反転させて元いた方向へと走らせる。生け捕りにするのに車を利用したのは、思いつきではあるが大成功だった。


「話せることならなんでも話す。アウレール将軍の弱みでどうだ」

「真偽がわからない。却下だ」

「頼む、見逃してくれ。この通りだ」


 そこには威厳もへったくれもない小太りの男が座席でうずくまっている。アルベールは心底反吐が出そうになった。


「何でも教える。これからの作戦行動、兵の数、それと将軍が暗殺した相手まで」

「暗殺?」

「そうだ。これまで多数の要人や敵派閥を陥れたり暗殺していたりする。それこそ前将軍のフレドリック様まで……うわっ」


 急ブレーキで軍団長は大勢を崩し、前のシートに頭をぶつける。アルベールは気にする様子もなく、後方に振り返った。


「フレドリック将軍?」

「ああ。先代の賢知将軍様だ」

「それがどうした?英雄、セザール・ランベールに一騎打ちで討ち取られたのだろう?」


 アルベールが質問する。公式の記録ではクローディーヌの父、セザールは帝国の二将軍を討ち取っている。それが先代の勇猛将軍と賢知将軍だ。


「だがそれは真実ではない」


 軍団長はアルベールが聞く耳をもったことで食い気味に話す。


「フレドリック将軍は嵌められたのだ。本来一騎討ちなど起こりえなかったところに、当時副官だったアウレール将軍がそれを仕組んだ。周りの期待と、そうせざるを得ない空気を作って」

「…………」

「それで戦い、フレドリック将軍は死んだ。もとより作戦担当の将軍だ。一騎討ちなどで勝てるはずがない。それも計算済みだったのだ。そしてその後、偽の報告書を作り、アウレール将軍を後任に推薦した。私もその工作に手伝ったから全部知っている。どうだ?この情報があればアウレール将軍を失脚させることも、それで脅して裏取引をすることも……」

「いや、あんたの言葉なんて誰も信じないだろう」


 アルベールは静かに言う。そして再びピストルを手に取った。


「だが俺は信じよう」

「へ?」


 銃声。そして静寂が訪れた。


 アルベールはその車から降り、自らの血をいくらか装甲車にかける。そして歩いてその場から離れていった。


 後方で車が燃えている。その内燃料にも火がついて、車は爆発と共に消え去るだろう。


「そうか。そうだったか」


 アルベールは小さく呟きながらデュッセ・ドルフ城塞へと足を向ける。


 殺す相手が一人増えた。


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