第84話 報告:地獄にも花は咲く
「行け!帝国軍に我らが威信を見せつけてやれ!」
「見た目ばかり派手な王国風情が。撃て!撃って撃って撃ちまくれ!」
銃弾、秘術、銃剣、剣。ありとあらゆる武器がその真価を発揮していく。
足を止めた王国兵は銃弾の雨に打たれ、その命を落とす。しかし一度王国軍が弾幕を抜ければ、横一線に並んだ帝国兵は悉く蹂躙されていく。
かつての戦争からもうじき二十年。時間が経ち、技術が変わり、人が変わる。しかしその本質は変わらなかった。
人が人である限り、戦いは存在し、戦場は地獄であった。
「よし!王国軍の進軍が鈍りだした。このまま全員地獄へ……」
突如として部隊長の言葉が消える。銃を撃っていた兵は気になって振り返る。そしてそのままこの世を去った。
『
部隊がまた一つ消えていった。
「これからの一連の戦いはおそらく息もつけないほどの乱戦になる。そのため基本方針を固めておく」
俺は団員達の前でこれからの基本的な動きを説明していく。
「まず俺達は今まで以上に『
俺はそこから『電撃戦』に関する説明を加える。
「まず秘術の力で突破口を開く。そして秘術で強化した騎馬隊による突撃、敵の司令部並びに隊長を優先的に攻撃する。今回の肝はあくまで指揮機能の麻痺であって、敵の殲滅ではない。よって目的達成後は速やかに待避しろ」
「「はっ」」
帝国領北部戦線。広い平地が広がるそこは既に死地と化している。もう一刻の猶予もなかった。
「各自準備に入れ。準備ができ次第出立。……そこから先は地獄だ」
それだけ言うと団員達を散開させる。既に戦場も近い。遠くでかすかに大砲と秘術の光が見えた。
「団長?どうしたんですか?」
「え?ああ、うん。なんでもないの」
クローディーヌはレリアに聞かれ、とりあえずそう答える。レリアもクローディーヌも他の団員に比べ軽装備でもあり準備は比較的早く終わっていた。
クローディーヌは右手をじっと見つめ、握ったり開いたりする。そんな様子をレリアが不思議そうに眺めていた。
「……私ね」
「はい」
クローディーヌが話し出す。
「ずっと恐かったの」
「え?」
「戦うこと。背負うこと。英雄の娘って言われること」
レリアは呆気にとられて言葉が出ない。しかしクローディーヌは別に気にすることなく話を続ける。
「だからいつも戦う前は手が震えていた。それがここ最近じゃ、震えるどころかかつて震えていたことまで忘れそうなくらい……ってレリア?」
クローディーヌはそこでレリアの方を見る。レリアはクローディーヌの言葉にただただ呆然としていた。
「そんなおかしなこと言ったかしら?」
「いえいえ。そんな……ただ」
「ただ?」
首をかしげるクローディーヌに、レリアはおそるおそる話す。
「そんなことを話してくれるなんて、思わなかったので」
レリアの言葉に、クローディーヌはかつてを思い返す。確かに言われてみればこんな話をしたことはあまりなかった。
「団長、昔は団員とも話したりしませんでしたし、今私がこうやって話せているのもあの東和との初戦で話しかけたお陰です」
「そういえば、そうね」
「忘れたんですか?あの頃は団長もずっとずっと険しい顔をしていたのに」
「そうだったかしら……」
「あっ。別にそう言う意味で言ったわけではないんですよ!」
少しばかり落ち込んでみせるクローディーヌに、レリアが慌てて弁解する。クローディーヌはそれを見て、してやったりと笑ってみせた。
レリアは「もー」と言って可愛らしく怒ってから、少し安心したように話し出す。
「あのときだって、私が最年少なのを利用して、やっと話しかけられたぐらいです。何か粗相をしても、流石に許してくれるだろうって」
「そうなの?」
「はい。それでも内心ちょっと不安だったんですが……。でも今は、皆と同じように話せています。……ですよね、ドロテ隊長?」
「ちょっと、私に振らないでよ」
クローディーヌが振り返ると、ちょっとばつが悪そうにドロテが歩いてきていた。クローディーヌはどう話して良いか迷っていたが、ドロテが優しく微笑むと、一気に緊張が和らいだ。
「そう構えないでくださいよ。英雄様に構えられると、ちょっと傷つきます」
「あ、ごめんなさい」
「冗談ですよ。……困るな。これじゃ何話して良いか分からないじゃない」
首をさすりながらそう言うドロテに、クローディーヌもどうしていいのか分からずうかがうように視線を向けたり外したりしている。
レリアはそんな二人の様子を見ながら、どこか覚悟を決めたように二人を抱き寄せた。
「えい!」
「えっ?」
「ちょっ、レリア」
レリアが小さい腕を広げ、両脇にドロテとクローディーヌを寄せる。クローディーヌとドロテはレリアより一回り大きい分、自然と近くで見合わせることになった。
「えっと」
「あの」
二人は視線を外し、何を言うか考える。しかし再び目が合うと、「ぷっ」と笑いだし、次第に大きく笑った。
「何やってんだろ。私たち」
「ええ。本当におかしいわ」
二人が笑い出したのを見て、レリアは二人を見上げる。もう彼女達に壁はなかった。
「あの、ごめんなさい。今まで壁を作ってて」
「団長が謝らないでください。私が勝手に貴方に嫉妬して、冷たく当たっていただけです」
「ドロテ隊長が?私に?」
「ええ」
「なんだか光栄ね。貴方にそう言われるなんて」
クローディーヌはそう言ってうれしそうに笑う。それを見てドロテもどこか誇らしく思う自分がいた。
三人はそのまま話し始め、次第に会話に花を咲かせ始める。
ドロテ隊の女性陣や男衆も流石に準備が終わっていたが、特に割って入ろうとはしなかった。
ただ一人を除いて。
「お三方、そろそろ行きますけど」
アルベールは特に考えることもなく、三人に話しかける。確かに戦場に猶予はない。しかしそれにしてもタイミングが悪すぎた。
丁度いいところなのにと三人に睨まれ、アルベールは納得いかなそうにする。
「それでは、行きましょうか」
「「はい」」
クローディーヌの言葉に、二人が返事する。そんな三人の様子をアルベールは依然として腑に落ちない様子で見ていた。
「なんで俺が睨まれにゃならんのだ?」
「まあ、副長殿にはまだ難しいですかね」
「フェルナンならともかく、なんで東和人のお前に言われなきゃならん」
「ダドルジ隊長はそのあたりは心得ていましたよ?」
「……嘘だ」
アルベールはただ強がるようにそう言うのが精一杯であった。
戦場にだって花は咲く。ただ、戦火がそれを散らすだけで。
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