第78話 報告:遺志を継ぐものへ






「そんな……ここまで届く火砲を……」


 ルイーゼがか弱い声で呟く。既に心は半ば折られていた。どう戦うかとかいう以前に、戦いに対するスタンスから違っていた。


「敵、砲撃苛烈。このままでは此方が先に全滅します」

「ええい、狼狽えるな!例え我らの命失おうとも、あの新しき英雄だけは潰さなければならない。それでこそ魔術師の誇りが守られる!」


 カサンドラは部下達にそう鼓舞して、さらに魔力を込めていく。彼の魔眼は充血し、うっすらと血の涙を流していた。


「……無理よ」


 皆が奮闘する中、ルイーゼはただ呆然と戦場をみつめていた。


「あの火砲、きっと私たちの兵器を鹵獲し、改良して作っている。ましてや英雄さえ囮にして、私たちを倒す主力に……」


 ルイーゼは若くも賢かった。それだけに理解してしまったのだ。彼等の方こそなりふり構わず勝とうとしていること。そして此方は戦場を別の目的に使おうとしていること。


 何より自分たちが戦いを舐めきっていたことに。


「もう、これ以上……」


 ルイーゼがそう言いかけたときであった。


「援軍が来たぞ!」

「帝国軍だ!」


 騎士団の側面より帝国の部隊が現れる。どこから来た部隊かは分からなかったが、一時的に此方への砲撃が弱まった。


「よし、これで反撃の目処が……」

「いけないっ!!」


 ルイーゼの声にカサンドラが視線を向ける。ルイーゼは大きな声で続けた。


「彼等は援軍なんかじゃない。既にボロボロになってた、我が軍の負傷兵。本来帝国内地へ帰るはずの敗残兵達だ!」


 カサンドラは以前ルイーゼがここに来てから負傷兵達の面倒を見ていたことを思い出す。一番近くで見ていたからこそ、彼等のことにいち早く彼女は気付いていた。


 よく見ると兵の数も装備も、新しくきた部隊とは到底思えない様子であった。そして多くが負傷している部隊だ。奇襲といえど、あっという間に騎士団に跳ね返されていく。


「だが、今が好機だ」


 カサンドラが遠距離魔術の術式を準備する。それに呼応するように、カサンドラの腹心達も攻撃の準備をはじめた。


「何をしているんですか!」


 ルイーゼが叫ぶ


「やめてください!!味方が戦っているのですよ!彼等ごと吹き飛ばすつもりですか!!」


 ルイーゼはカサンドラの前に立ちはだかる。


「黙れ!最大火力で魔術を撃ち込む。今を逃せば、二度と勝利する可能性はなくなる」

「味方ごと撃って何が勝利ですか!貴方たちはそこまで誇りを捨てるつもりですか!」

「黙れ小娘!貴様に何が分かる!貴様に、儂らの気持ちが……」

「分かりません!」


 ルイーゼが続ける。


「私が憧れた誇り高い魔術師達は、決してそのような方達ではないはずです!貴方たちの力は、誰のためにあるのですか!!その力と誇りを、自ら汚す者の気持ちなど分かりたくもありません!!!」


 ルイーゼの決死の思いに、魔術師達も押される。そのまっすぐな瞳は彼等にはあまりに眩しすぎた。


 カサンドラはつい視線を外す。そしてその時、彼は驚くものを目にした。


 それは英雄の秘術ではない。そこで飲み込まれんとする兵士達であった。英雄の秘術により吹き飛ばされんとしているその瞬間、怪我をおして戦う帝国軍人達が、こちらを向いて笑っていた。


「生きてくれ」。そう言わんばかりに。


王国に咲く青き花フルール・ド・リス


 一閃。その圧倒的な一撃が一気に帝国軍部隊を薙ぎ払った。


 その秘術で、駆けつけた部隊が壊滅する。敬礼しながら散っていく男達の姿が、カサンドラの目に焼き付いて離れなかった。


「そうか……そうだったのだな」


 カサンドラが呟く。きっと彼等は、ルイーゼに助けられ、助けようとして命を捨てたのだ。カサンドラがずっと手に入れたかったもの。それが何か、そして如何にして手に入れるかをそこで理解した。


「希望を……託したか」


 王国軍が砲台をこちらに向け直すのが見える。じきにまた砲弾の雨が降るだろう。そうすれば、もうこの部隊はおしまいであった。


「将軍、私が時間を稼ぎます。だから貴方は……」

『眠れ』

「……へっ?」


 ルイーゼは急に力が抜けていくのを感じる。瞼が重く、次第に立っていられなくなった。


「そこの若いの。小娘を連れて別部隊に合流しろ」


 カサンドラが魔術師の一人に声をかける。


「それとこれからは彼女の命に従え。魔侯将軍の座は、彼女に譲る。……この書状をベルンハルト将軍へ渡せ。魔術が施してある故に、改変はできず彼しか読めない。あの『化け物』将軍もこういったことには信用できる。無事に彼女がその座を継げるだろう」

「…………」

「ついでに彼女に伝えてくれ。これからはお前の望むように魔術を使えと。何も戦争に限って使わなくても良い。魔術師の誇りなどという古くさい鎖も捨てろとな」


 カサンドラの言葉に、若い魔術師が頭を下げる。その頬は涙で濡れていた。


「いけ。最後の命令だ」


 カサンドラがそう言うと、魔術師はルイーゼを抱えて走りだす。そしてカサンドラは最後の呪文を唱え始めた。


「何もお前達まで付いてくる必要はないのだぞ?」


 後ろにいる他の魔術師達に言う。彼等は何も言うことなく呪文を唱え続けた。


「何を今更言っているのだ」。彼等はそう言いたげな様子であった。


「ふっ。馬鹿者共め」


 カサンドラの肉体が徐々に肥大化していく。皮膚は硬く、トカゲのように。牙は鋭く、オオカミのように。自らを亡者兵とする禁断の術である。


「サア行クゾ、バカドモ」


 カサンドラが走り出す。


「アトハタノンダゾ」


 王国の容赦ない攻撃が襲う。一人、また一人と倒れていった。


「ルイーゼ……」


 カサンドラが最後に見たものは、綺麗な金髪をたなびかせた騎士であった。
















「最後は化け物になって襲ってきましたか」


 マティアスが戦場跡を歩きながら言う。既に騎士団は野営を張り、休息を取っていた。ただ気になったことがある俺と、それに興味をもったマティアスがその戦場跡を歩いている。目の前にはが転がっている。


「銃の効果が薄かったときは焦りましたが、彼女のおかげで助かりました。流石は英雄といったところですね」

「そうだな」

「……随分と元気ないみたいですね」


 俺の様子に、マティアスが聞いてくる。俺は「そんなんじゃない」とだけ返しておいた。


「女性の……」

「え?」

「女魔術師の遺体はあったか?」


 俺がマティアスに確認する。彼は「そんな報告は受けていない」と答えた。


「そうか……」


 俺はなんとなくそれ以上何か言う気にはなれなかった。カサンドラは優秀な魔術師だが優秀な指揮官ではない。おそらく、その脇にいた彼女の方が優秀な指揮官だったろう。それに魔術の腕も遜色ない様子でもあった。


(俺も注意深く確認していたがやはりいなかった。ということは……)


 俺は西の方を見る。沈んでいく夕日が、目に差し込んできた。


「……希望を残したか。見事だ、将軍」


 どこか満足げに息絶えているカサンドラを残し、俺とマティアスは野営へと帰っていった。


 



















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