第74話 報告:技術力の罠

 




 朝、日が昇る前に目を覚ました。挨拶をせずに行くのは何かと無礼ではあるが、それも仕方ない。


「もう行くのか?」


 突然声をかけられる。その声に驚いてつい「ビクッ」と反応してしまった。


 ゆっくりと振り向くと、あくびをしながらこちらを見るグスタフがいた。


「ええ。早く戻らないと団長たちが心配するから」

「別にこんな朝早くに出ていかなくても、朝食くらい出すぞ?」

「流石に遠慮しとくわ。居心地が良すぎるもの」


 私がそう言うと、グスタフは少しだけ嬉しそうに笑って「そうか」とだけ答えた。


「もう行くわ。一晩泊めてくれた礼は、いずれまた」

「ああ。それと一つ……」


 私が行こうとするのを止めて、グスタフが最後に少し真剣な顔をする。


「君の団の副長、気を付けた方がいい。……彼は一体何者なんだ?」


 敬意と興味、そしていくらかの警戒心が混じったようなそんな顔。グスタフの表情がとても印象的だった。









「戻ったな。ドロテ隊長」

「ご心配おかけしました、副長」


 俺たちが本隊に合流して、まもなくドロテも戻ってくる。何かいいことでもあったのだろうか。少し前まではどうもピリッとしていなかった様子が、いつの間にか直っている。


「隊長!よかったぁぁぁああ」

「ちょっと、レリア!離れなさいって!」


 レリアが大げさに抱き着いている。程度はどうあれ、ドロテ隊の面々は同じ気持ちだろう。皆ドロテが帰ってきた途端に表情を明るくしていた。


「俺が帰ってきたときはそんなに出迎えてくれなかったんですが……」

「人望の差じゃないですかね。副長」


 フェルナンがいたって冷静に返してくる。この貴族のボンボンめ。ちょっと顔がいいからって調子に乗って。……いや、この話はやめよう。なんかみじめだ。


「まあこれではぐれた連中は合流したな」


 俺はクローディーヌの方を見る。そういえば彼女と帰ってきたとき、彼女は迎えられていたような……。


「あれ?ひょっとして俺を迎えていると思ってた人たちも、ひょっとして彼女のついで……」

「まあ生きていたんだから良いじゃないですか」


 声をかけられ、振り返る。


「……お前ダドルジにもそんな態度だったのか?」

「まさか。そんなことはありませんよ」


 俺の副官がにやりと笑う。前の戦争が終わってから着任したっていうのに、なんて態度だ。俺は静かに心の中でしかりつけておく。


 直接?無理だ。彼は俺より二回りぐらいでかい。


「アルベール」


 俺はよばれる声に視線を向ける。そこには装備を整えたクローディーヌがいた。


「敵軍が現れたわ。斥候によると将軍の姿もあるそうよ」

「さいですか」

「今王国軍が戦っているけど……一方的に押されているみたいね」

「まあ、そうでしょうね。さっきみたいに小細工でもしなければ、あの物量にあっという間にのまれてしまう」


 俺はそうとだけ言って頭をかく。陣を取り返し反撃に出始めた帝国軍と、なんとか立て直すも連携に不安が残る王国軍。どう考えても帝国側が圧倒的に有利に思えるが……。


「これはまたとないチャンスだな」


 俺はそう言って地図を広げる。かなり王国側まで引いたことで、帝国軍の地理情報のアドバンテージはなくなった。あの将軍が地理情報をどこまで利用していたかはわからないが、いずれにせよこれでこちらも反撃に出れる。


(作戦目標は将軍の首ただ一つだ)


 俺は明確かつ具体的な作戦目標を定める。目的に解釈の余地を含ませてはいけない。ましてや誇りやプライドなどといったものを交えれば作戦行動はとたんに混迷を極めるのだ。


 だから狙うのはただ一人。それ以外はいらない。


(普段なら王国がやりがちな過ちだが、今回だけは逆だ)


 俺は先ほどの戦いを思い出す。敵は半ば敗れかけていたあの亡者兵の戦術を、最後までやめようとしなかった。もし味方の王国軍が撤退していなければ、確実にあのままやれていただろう。


「次は細工した亡者兵なんて用意できない。となると別の案を考えなければならないが……」


 俺は頭を捻りながら次の作戦を考える。はっきりとした案はでてきていないが、出てくる自信はあった。何せ条件はそろっているのだ。


 戦術がうまくはまり、勝ちが続く。伝統ある魔術という御業みわざへの信頼と自信、そして誇り。カードゲームでだってここまでいい役がそろうことはないだろう。


 負けなどしない。従来の技術にこだわる連中など、戦場では餌でしかないのだから。










「ドロテ隊長。無事でよかった」

「ありがとうございます。団長」


 クローディーヌの言葉に、ドロテはどこかうれしく感じる自分に気付く。


 今までは素直に受け止めることなどできなかっただろう。そんな自分の変化が生まれたのは、きっとグスタフのおかげだろう。ドロテはそう思った。


「団長は、大丈夫でしたか?一時は部隊とはぐれたと聞きましたが」


 ドロテがクローディーヌに質問する。


「ええ。私は副長がいましたから」

「副長が?それは、頼りになる……のでしょうか?」


 ドロテはつい語尾が疑問形になってしまう。副長は、どこか頼りになるようで、ならないような気がする。正直ドロテの中でその判断は定まってはいなかった。


 しかしクローディーヌはそうではないのだろう。ドロテは彼女の様子からそう思った。


「しかし団長が殿を務めてくれたおかげで、部隊のほとんどが無事に帰れました。感謝します」

「やめてください。私は私でできることをしたまでですし、それに私が生きているのも副長のおかげですから」

「まあ、そうですかね」

「はい。彼がいたおかげで、まっすぐ本隊に合流できましたから」


 なるほど、確かにそうだ。ドロテは少し納得する。


 副長なら撤退路をきちんと考えていても不思議ではない。それに敵をうまく避けながら本隊のところに戻るのも、きっとやれるだろう。


(しかし敵地でもそれをやるとは。彼の言う通り副長も侮れないのかも……)


 ドロテはそこまで考えるも、それ以上評価を上げるのはやめにする。普段の様子を見るに、そこまで高く評価するのはなんか癪なのだ。


(でも団長がここまで彼を信用するなんて……。ちょっと意外かもしれない)


 それがどういう感情によるものなのか、ドロテには分からない。副官としての信用か、あるいは一人の男としての信頼か。そもそもその区別さえも、クローディーヌ・ランベールにはわかっていないかもしれない。最近の彼女を見ると、今までは見れなかった少女らしい面が見えている。


(でも副長が来る前は、少なくともあんな顔はしなかったわね)


 ドロテはその美しい横顔を見る。それはきっと安心から来るものだろう。


 その表情は凛として、堂々と先を見据えていた。





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