第56話 報告:王都の休日







 優しい風に、心地よい程度の人の賑わい。多少不穏な空気が漂っているとはいえ、別に今現在戦闘状態にあるわけではない。


 花の都と謳われた王都の町は今日も賑わいでいる。華やかな町並みはそれだけで価値があり、通る人間の心を明るくしてくれる。


 そこに女性なんて連れて歩いていた日には最高だ。特に美女ならそれだけで人生の価値を見出してしまう。


 だが何故だろう。条件は同じはずだが、何かが違う。


 俺は首をかしげながら歩く。


「アルベール……何しているの?」

「いえ、ちょっと周りの目が気になるもので」


 俺は今、王国が誇る英雄とデートをしていた。









「団長、明日の休みはどうするんで?」


 ある日の訓練を終えた後、俺はクローディーヌに尋ねた。


 別に何か下心があったとかそういうわけではない。普通にコミュニケーションの一貫で、彼女に聞いてみた。明日は王国の祭日であり、この団も休暇日である。


「明日?明日はいつもどおり訓練を……」

「あっ……さいですか」


 何か余計なことを聞いてしまった。俺はそう考え、すぐさま撤退の構えを決める。


「……何?」

「え?」

「何かあるの?」


 クローディーヌが不思議そうな様子でこちらを見ている。不思議、というよりかは期待だろうか。いずれにせよ特に何かがあるわけでもないので、俺は「別になにもないですよ」とだけ答えた。


「……そう」


 クローディーヌはどこか寂しそうにそう言うと、再び歩き出す。俺はぽりぽりと頭をかきながらどうしたものかと見ていると、不意に後ろから何かぶつかるのを感じた。


「ん?どうしたんだ、レリア」

「別に何でもないです」


 レリアはそう言うと、とことこと歩いて行ってしまう。俺が「何だ?」とまた頭をかいていると、再び後ろからぶつかってくる。今度は連続で何人も。


「え?……え?」


 ドロテ隊の面々だ。ニコッと笑い、「失礼」と言うとみな一様に歩き去っていく。俺はますます分からない。


「誘いなさいって事ですよ。鈍いですね、副長」

「は?何を言っているんだ?」


 話しかけてくるドロテに、俺は聞き返す。休日に女性を誘うという選択肢があっても、かの英雄を誘うという選択肢はなかった。


「副長、モテないでしょ?」

「馬鹿言うな。モテモテだぞ」

「……嘘が下手ね」


 ドロテがそう言って歩き去ってしまう。ぴゅーっと春風が吹いた。


 俺は少し先を見る。クローディーヌが残って訓練しているようであった。あの様子だと、多分王都を散策したことがないのも本当かもしれない。


「…………」


 俺はまた頭をかきながら、どうしたものか考える。しかし考えても答えはでないので、とりあえず出た目に任せることにした。












「わー、きれい!」


 クローディーヌは目を輝かせながら、王都の商店を見て回っている。別にお店の中に入るわけでなくても、その窓から見える商品達は彼女にとって魅力的なのだろう。


「団長、あまりはしゃがないでください。ただでさえ貴方は……有名人だ」


 俺はまるで十代の少女のようにはしゃぐ彼女をなだめながら、周囲の様子に目をやる。ほとんどがクローディーヌを見て、何か話している。中には感激した様子で彼女を見ている者さえいる。


(まあ、先の戦いで救国の英雄となったからな。無理もないか)


 となると周囲の目線は当然彼女と同行するあの男はだれだ。という疑問をもつ。


 俺は彼女とは違い、なるべく前には出ないようにしている。だから市民の多くは俺の事なんか知らない。となれば嫉妬ややっかみの目で見られそうなもんだが……。


「なんだ、あいつ?しってるか?」

「いや」

「見るからにしょぼそうだ。執事かなにかだろ」


 そうはならないのが現状だ。……お前ら覚えてろよ。


 俺はなんとも言いがたいフラストレーションを抱えながら、クローディーヌについていく。なんでこうなってしまったのか、そう思わないわけでもなかったが……。


「アルベール、向こうで人だかりができてるわ!行ってみましょう」

「団長、あまりはしゃぎすぎないでください」


 どこまでも楽しそうにする彼女に、別にとやかく言う気にはなれない。きっと何もかもが新しく、彼女にとっては新鮮なのだ。それを大人ぶった感性で批判することはできない。


「ん?」


 俺はそんな団長を追いかけながら、よく見知った女性をみかける。帽子をかぶってこそいたが、その美しい赤色の髪はそういるものではない。


(ドロテ隊長……。休日に会うのも珍しいな)


 もっともそれはドロテが外に出ることが少ないためではない。俺もクローディーヌのことを笑えない程度には出不精であり、休日は一日兵舎でゆっくりすることも多いためである。


(ん?隣にいる男は誰だ?)


 俺はドロテの隣にすらっと背が高く、体格のいい男がいるのに気付く。顔もよく見るとけっこうなイケメンだ。……なんかよくわかんないけどムカついてきた。


 俺は冷やかしに行こうかと歩き出すが、途中でクローディーヌに呼ばれる。


「アルベール!早く行くわよ」

「……はいはい。わかりましたって」


 俺はクローディーヌに返事をする。そうしているうちに、ドロテとそのイケメンの居場所を見失ってしまった。


「……まあいいか」


 俺はクローディーヌの方へと歩き出す。










「どうしたの?」

「いや、なんでもないです」


 ギュスターヴは歩いていく男を見る。彼が追う先には、皆が遠巻きにみつめる女性がいた。


 あの日の夜、なんとか連絡先を聞き出して、ドロテを誘った。少し望み薄かとも思ったが、彼女は承諾してくれた。高々一度の休日のデートだがこれも中々勇気がいる。


「あの人だかりはなんですかね?」


 ドロテに尋ねる。


「何って……ああ。うちの団長がいるのね。よく見たら副長もいる。結局誘うのはうまくいったのね」

「団長?」

「知らないの?クローディーヌ・ランベール。有名人よ」

「いや、知りませんね」

「そっか。旅商人もしていたんだっけ」

「ええ。かえってきたのはつい最近です」

「彼女は私たちの団の長。救国の英雄でおまけにとびきりの美人。どう興味出た?」

「生憎だが、そこまでは」

「そうなの?」

「こっちの美人で手一杯でね」

「……口説き文句としては、イマイチね」

「善処します」


 王国の男性、特に貴族の男性は口説くのがうまいときく。彼女も軍人であるということは、それなりに良い家の出身だろう。そういったのにも慣れているのかもしれない。


 ギュスターヴはドロテの顔が少しばかり火照っていることには気付きはしなかった。


「彼は?」


 もう一人の方を尋ねてみる。冴えない顔の極々平凡な男だ。


「彼?」

「うん。一緒にいた人」

「ああ」


 ドロテは少し呆れた口調で説明する。


「うちの副長。凄いんだが、凄くないんだか分からない人よ」

「そう……」

「どうかしたの?」


 不思議そうに聞いてくるドロテに、ギュスターヴが言う。


「彼はすこし、僕と似ている気がしてね」

「?そうかしら……?」


 ギュスターヴはそう言うと、「さあ行こう」とドロテを促す。


 王都の休日。町は賑わい、笑顔の人々で溢れていた。







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