第30話 報告:地獄に求めるもの






「しかしまさか、馬に強化の秘術をかける日が来るとは思わなかったな」


 ダヴァガルが懸命に馬車を押しながら言う。それもしょうがない。重い大砲を運び、かつ機動性を確保するには必要なことであった。だがそのお陰で大量の大砲を異常な程な速さで展開することができている。


「よし、やっと着いた」


 ダヴァガルはそう言って腰を下ろす。体力お化けのこの男が疲れたと言っているのだから、彼の部隊は相当堪えたであろう。しかしお陰で砲兵達の体力を温存することができた。


「よし、砲兵隊はこの区域に大砲を展開。準備ができ次第秘術の光を的に一斉発射だ。眠っている敵さんを起こしてやれ」

「「はい」」


 俺の言葉に、第五騎士団の砲兵達が返事をする。


 よく仕込まれている。軍隊としては申し分ない練度だ。思いがけないうれしい誤算だった。


「あー、素晴らしい!これより我が砲兵達の勇姿が見られるのですね!」

「……近いです。マティアス団長」


 第五騎士団の団長、マティアス・ガリマール。彼はその長髪がちょこちょこ俺に当たる位置でうれしそうに自らの団員達の働きぶりを眺めていた。


「いやあ、うれしいです。ずっと我が団員達の活躍の時を待っていたのですが、いかんせん私は戦術的な指揮などというものにはてんで疎くて」

「それは団長としてどうなんだ?……あと近い」


 俺にそういう趣味はない。だからダヴァガルも楽しそうに見てないで早く助けて欲しい。


 何?疲れている?お前みたいな体力馬鹿が動けないなんて事あるはずないだろ。


 そうこうしている内にレリアが俺に向こう方の準備ができたことを伝えに来てくれる。


 ありがとう、君は俺の天使だ。だからそんな遠巻きから俺の方を見ないでくれ。別にそういう関係じゃないんだ。


 すると予定通り、秘術による光が東和人のテント上空を照らす。見るとマティアス団長は既に俺の元をはなれ、砲兵隊の元に移動していた。


(変人ではあるが、軍人であることには変わりないか)


「全門、狙え……放て!」


 マティアスの号令と共に恐ろしい精度で砲弾が撃ち込まれていく。遠目から見ても正確に着弾していることが分かった。王国の騎士団でこんなことができる部隊が残されているとは、まさにうれしい誤算だった。


「良し、既定量の砲弾を撃ち次第、陣形を組め。クローディーヌ達が帰ってこれるように防衛地点を用意しろ」

「「了解」」


 次はダヴァガル隊が返事をする。後は彼女達の番だ。


 俺はゆっくり地面に腰を下ろし、遠くで敵拠点を攻撃するクローディーヌ達を眺めていた。
















 今回下された指令は、南部方面に展開している東和人部隊を排除するというものだ。なんともまあ曖昧で具体性に欠ける。作戦としては最低な部類だ。


 だが曖昧なものであればこちらで具体化してやれば良い。それに人数だけで言えば今までの三倍近い戦力を用意できたのだ。少なくとも今までよりは遙かにマシだ。


(クローディーヌ達は順調に攻撃を加えているな)


 今回行っているのは王国最南部にとある平原に拠点を構えていた部隊を攻撃することだ。千人隊が一部隊。数が互角なら、作戦としてはマシな方だ。


 まさか南部の辺境で敵が来るとは思っていなかったのだろう。砲弾と共に奇襲を受けた相手はもう壊滅寸前だ。そもそも彼等は遊牧民であり拠点防衛が得意ではない。それに馬は普通高地に登ることができないから、そこへの偵察は必然的に薄くなる。そこをついて砲撃すれば、あれよあれよと壊滅だ。


(クローディーヌ達が戻ってくる。どうやら十分と判断したらしいな)


 騎馬隊と歩兵部隊の混合部隊が予定通り俺達のいる高地側に退却してくる。しかし部隊を立て直した一部の東和人兵士達が馬に乗り彼等を追いかけていた。


「マティアス殿、仕事だ……って、もう行っているか」


 既にマティアスは銃兵隊を連れて、高地を少し下ったところで待機している。丁度退却してくる近接戦闘部隊と入れ替わるように。


 銃声が鳴り響く。退却してくるクローディーヌ達を援護するように高地からの援護射撃を行っていく。ここでも彼等の練度の高さがうかがえた。


(なるほど。戦術には興味がなく、その運用にだけ徹底した準備をしてきた訳か)


 地位より、名誉より、権力より、そうした自らの美学のようなものを追求しようとする人間は確かにいる。彼みたいな人種にとって、今こそが一番の幸せなのだろう。戦争の中で美学を求める彼にとって、戦場という地獄も天国なのだろうか。


(理解する気にはなれないが、まあ生き残れるのなら何でもいい)


 追いかけてきた東和人部隊も銃兵隊によってその大半を失い、退却していく。おそらくあの敵部隊はもう使い物にはならないだろう。ほぼ無傷で一部隊撃破は戦果としては上々だ。


(しかし遠距離部隊が追加されたことは大きいな。特に軽装備の騎馬隊にとって銃兵隊は天敵だ。秘術が使える王国軍に対して銃兵隊はそこまでではないが、東和人相手なら相性が良い)


 俺はそんなことを考えながらかつての大戦についての記述を思い出す。


 かつての大戦で帝国は新兵器として装甲車や大砲付き戦車を用意したという。しかしそうした兵器も、王国の秘術の前にあっさりと破壊されてしまった。だが今そうした兵器がここにあれば、東和人の騎馬隊には非常に効果的だっただろう。


(兵種ごとに相性はある。王国の重装歩兵にとって騎馬隊は天敵だが、逆に帝国を真似た銃兵は騎馬隊を駆逐できる。こちとら既に多くの戦力を失っているんだ。使えるものは何でも使わなきゃな)


 するとクローディーヌが帰ってくる。少しだけ複雑な表情からはこの戦い方に対する戸惑いもあるのだろう。


 騎士の誉れだなんだという人間だ。いきなり慣れるのは難しい。しかしそれでも、彼女は彼女なりに覚悟が決まっているようであった。


「団長、今日はもう休みましょう。まだ先は長いですから」


 俺がクローディーヌにそう言う。彼女は少しだけ微笑んで頷くと、団員達へ指示を出しに行った。


 まだ始まったばかりだ。反撃はこれからである。


 俺は手帳を取り出し、今日の反省を書き留めた。


















「何?南部で一部隊が壊滅?」

「はい。援軍を送りますか?」

「いや、南部には私の戦術の師であるアナダン隊長がいる。もう歳ではあるが、早々負けはしないだろう。今はこちらの戦線に注力しよう」

「はっ!」


 ダドルジはそう言って部下を下げさせる。一昼夜の内に南部の報告が北部にまで届くのがこの軍の最大の強みだ。騎馬を活かした情報共有能力こそがこの軍を支えている。


(北部戦線に送られてきたのは、第一と第八騎士団か。あの第七騎士団はいないみたいだな)


 ダドルジは拳を強く握りしめる。いずれあの男とはケリをつけなければならない。彼のやり方を許せるほど、ダドルジは寛容ではなかった。


(そう簡単に死んでくれるなよ。アルベール・グラニエ)


 ダドルジはただ静かに、その怒りを内側におさめていた。






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