第20話 彼女は彼の姿を垣間見る

 







 鮮やか。それは戦いと呼ぶにはあまりにも鮮やかな勝利だった。


 クローディーヌは全員が都市に入ったのを確認してから、自分も帰還する。どうやら南門が破損しているのは事実らしく、門が一部閉まりきっていなかった。少数ずつであれば侵入はできてしまい、もう少し攻撃されれば全て破損しかねない状態だった。


(これはなんとかしなくてはいけないわね)


 クローディーヌはそう考えながらもどこかほっとしていた。安堵と言うよりは高揚感の方が多いだろうか。一度ならず二度までも、この第七騎士団が敵の大隊を打ち破ったのである。


(前回の作戦は隊長を討ち取っただけだったけど、今回は完全勝利と呼べるわね)


 勿論クローディーヌも敵の骸を見て何も思わないわけではない。彼等にも家族がいて、人生がある。しかしそれは此方も同じ事だ。軍人として、そうした甘い感情は捨てなければならないし、それを十分に理解できていた。


「フェルナン隊長、素晴らしい戦果でしたね」

「これは団長殿。光栄です」


 フェルナンはクローディーヌに声をかけられ、敬礼をする。団員達と共に勝利を喜んでいたようであり、その表情からは自信と達成感がうかがえた。


(今は……いいかしらね)


 クローディーヌも締め付けすぎてはいけないと思い、敬礼してその場を後にする。他の隊長達にも話をしておかなければならない。これも……彼から教わったことだ。


『団長の仕事は、戦闘だけじゃないですよ。むしろそれ以外の部分の方が多い』


 団員達の士気を維持すること、個人の突出を防ぎ部隊の規律を守ること、団員達が協力できるように自ら率先して規範を守ること……。


 相変わらず彼は私の訓練に付き合ってくれているが、最近では少し違うことも増えた。私が質問すると答えてくれるのだ。ひ弱で頼りなさげだが、私が持っていないものを確かに彼は持っている。


 一度何故教えてくれるのか聞いたことがある。彼は一言『媚びるためです』と答えた。なんだかおかしくて笑ってしまった。彼らしいと言えば彼らしい。


「ダヴァガル隊長、お疲れ様でした」

「これは団長。お互い生きていて何よりです」


 ダヴァガルがじっと見つめてくる。クローディーヌはどうも気になってしまい尋ねる。


「あの、何か?」

「いえ、何でもありません。ただ……」

「……ただ?」

「良い変化が生まれていらっしゃる。そう思いました」

「そう……かしら?」

「はい。少しばかり偉そうで恐縮ですが」


 ダヴァガルが優しい顔で笑う。彼もこんな風に笑うことがあるのだ。今までは知らなかった。


 ダヴァガル隊長と少し話した後、ドロテの所に向かう。彼女は少しばかり私を嫌っているような節がある。少しでも関係が改善できればいいのだが……。









 高壁から秘術を撃っていたので、其方にいると思い上っていく。そしてある程度階段を上った後、不意に声がしたので途中で足を止めてしまった。


「副長殿、また戦果無しですね。このままじゃ軍法会議にかけられますよ」

「馬鹿言え、作戦立案で多大な貢献。勲功第四位だ」

「なんというか、四位なあたりが現実的ですね……」


 ドロテと副長、そしてレリアが話している。私はつい出づらくて隠れてしまう。すると彼等の楽しそうに笑いながら話しているのが聞こえてきた。


(いつのまに仲良くなったのかしら)


 どこかもやもやする気持ちを抱えつつ、出るタイミングを見計らう。しかしいつ出て良いものか分からなかった。


「それじゃあ、そろそろ部隊をまとめて休ませるよ」

「了解。次も期待する」

「次は副長さんも働いてくださいね~」

「……善処シマス」


 そう言って二人が去っていく。部隊の方にいった関係上、この階段は使わないらしい。鉢合わせてしまうことを考えれば幸運だった。


「何のご用ですか?団長殿?」

「へっ!?」


 つい情けない声を出してしまう。いつから気付いていたのだろう。私は気まずそうに彼の前に出た。


「まったく、部下に気なんか使わずに出てきたら良かったでしょうに。ドロテ隊長に声をかけに来たのでしょう?」

「……はい」

「だったらどうして?」

「私……どうも彼女には避けられているみたいで」


 私は話ながらどこかトーンダウンしていく。彼は少し不思議そうな顔をした後、わざとらしく笑った。


「嫌われて何が悪いんですか。貴方は嫌いではないのでしょう。なら好きにすればいい」

「そういうもの……なのかしら?」

「そういうものです。誰だって褒められて悪い気はしませんから」


 彼は笑って言う。少しばかり肩の荷が下りた気がした。


「ねえ」


 私はつい気になったので聞いてみる。


「どうしてこうも上手くいくの?」

「はい?」

「だっておかしいじゃない。貴方が来るまで、この団は……」


 そこまで言ってて恥ずかしくなり話すのをやめる。どうみたって自分が悪いのだが、それにしたってできすぎていた。


 彼は頭をかきながら答える。


『知は力なり』

「へ?」

「私が一番はじめに読んだ戦術書に書かれていた内容です」


 彼はそう言ってその一節を暗唱する。




 知は力なり。


 先決は決勝になりてその意味をもつ。


 行動は力を呼び、成果を生む。


 我がためでなく、誰がために。


 今この力を行使せん。







「嫌という程覚えさせられました。まあ生き延びるためには色々知っておいた方が良いとは思い、士官学校でも戦史と戦術論は真面目にやりましたからね」

「それが今に活きているのね」

「図らずも、そうなりますね。今日やった戦術だって、歴史上世界の至る所で使われてきた戦術です。その知恵に秘術を加えて、騎士団流にアレンジしただけです。……しかしこんな知識が役に立つ場所に来てしまうとは。それこそ運がない」


 彼は大きく息を吐きながら縁に腰掛ける。まるで学んだことを使いたくないかのように言うその素振りは、本気で言っているのだろう。使わないに越したことはない、彼はそう思っているのだ。


 多かれ少なかれ誇りや名誉を重視する王国軍において、彼のような人間は珍しかった。


「だったらそれこそ秘術を学んだ方が良かったのではないのですか?副長殿」

「随分と嫌みな言い方だな。ドロテ隊長」


 ふと見るとドロテとその団員達が背後に来ていた。私は慌てて振り返る。


(えっと、どうしよう)


 私はつい彼の方を見てしまう。彼はその視線に気付くと、再び大きく息を吐いた。


「ドロテ隊長、団長が伝えたいことがあるそうですよ」

「へっ!?」

「……なんでしょうか。団長殿」


 ドロテがこちらを見ている。やるしかない。とりあえず私は敬礼した。


「こ、今回の働き、見事でした。それだけです」

「……了解しました」


 ドロテは敬礼し、階段を下りていく。続いていく部隊の団員も私に敬礼して下りていった。


 皆が行った後、私はほっと一息つき、彼の方を見る。彼はあいかわらずぼんやりと都市の外を眺めていた。


 団員達が勝利の高揚に酔う中で、彼だけはどこか遠い場所を、寂しそうにみつめていた。





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