第10話 蜘蛛の蟲人

森の中へ入り、探索を続ける。と言っても、別に何か目的地があるわけじゃないのであたりを見渡しながら歩いているだけだけど。千佳の方は複眼になって付近がよくわかるようになったのか、食べられそうな果実やキノコを見つけては食べている。虫の体は思ったより燃費が悪いのか、人間だった頃よりもよく食べるようだ。


「綾音、そろそろお肉頂戴」


「え……今の今まで果物とか食べてなかった?」


「果物も美味しいんだけど、やっぱり肉のほうが力になりそう。それに、あと少しなんだよね。だから、動物性たんぱく質を頂戴」


「分かったよ、はい」


私は腰にぶら下げていた肉の一つを千佳に渡す。千佳は待ってましたとばかりに肉にかじりつく。あれが生なのか火を通してあるのかしらないが、特に血がしたたったりとかはしていない。千佳は肉をすべて食べて1本の太い骨だけにし、その骨を投げ捨てて伸びをする


「うーん、しょっと。うむむむむっ」


千佳は急に制服の上を脱いで下着だけになると、何か力を入れている。なんか怖い


「……千佳、大丈夫?」


「うん、んっ!」


千佳の気合と共に背中にピンと羽が伸びる。くるっと回って背中を見せる千佳。その背をジッと見ると、肩甲骨のあたりから生えているようだ


「これで飛べそう」


千佳はそう言って背中の羽を震わせると、まるで昔から飛んでいたかのようにスムーズに空を飛ぶ。数分間飛んだあと、慌てて戻ってきた


「どうしたの?」


「私、今身に着けてるの下着だけだって忘れてたよ!」


どうせ誰も見ていないのにと思ったけど口には出さなかった。羽は自由に大きさを変えられるのか、今は小さくなっている。そして、制服の上着を着ると目立たなくなった


「でも、飛びたいときにそれじゃ、困らない?」


「うーん、制服に羽の所だけ穴をあけないとだめかなぁ」


「もしくは、最初から穴の開いた服を探すかだね」


「あるかなぁ……」


提案しておいてなんだけど、そんな服は無さそうだ。だって、服屋なんて絶対に無さそうだし


「お困りのようね?」


「誰!?」


私はあたりを見渡してみるが、誰も見当たらない。千佳も複眼を使ってみているようだけど、見つからないようだ


「こっちよ。おっと、攻撃はしないでね、敵じゃないから」


「ぎゃぁ!」


私の真上の葉っぱの影から1mくらいの蜘蛛がぶら下がってきた


「千佳、蜘蛛、蜘蛛だよ! やっちゃって! 怖い、キモイ!」


「おいおいおいおい、待ちなさい! 敵じゃないって言ってるでしょ!?」


「綾音、落ち着いて。見た目だけで判断しちゃだめだよ」


「はあっ、はあっ、そうね。あなたは蟲人さん?」


「そうよ。今はミリーって名乗っているわ。ここでは地球の名前なんて意味無いからね」


「そうですか……それで、ミリーさんは何を?」


「私、人間の頃はデザイナーの仕事をしてたんだ。蜘蛛に噛まれて蜘蛛になっちゃったんだけど、人間の頃の意識は残ったままだったの。それで、暇なときに自分の出した糸で服を編んでたんだけど、どうせなら誰かに着てもらいたくて。たまたまあなた達が見えたから話しかけたのよ」


「そうだったんですか。服を貰えるのは正直助かります」


「それで、背中に穴が欲しいわけね。でも、穴をあけただけじゃあ恰好悪いから、かっこいい服を作るわ」


ミリーさんはお尻から糸を出すと、高速で編んでいく。どういう理屈かは分からないけど、その糸はミリーさんの意思で色を変えられるようで、縫う場所ごとに色が違う。そして、あっというまに背中に小さな穴の開いた戦闘服(ドレス)が出来上がった


「はいどうぞ」


「ありがとうございます」


千佳はさっそく制服を脱ぐと、ミリーさんが作ってくれた服を着る。あんな小さな穴で大丈夫かなと思っていたんだけど、蜘蛛糸の特性なのか、羽を出すと穴が伸びるようで違和感なく羽の出し入れができるようだ


「動きやすい! ありがとうございます!」


「喜んでもらえて何よりだわ。やっぱり私、服を作っている時が一番幸せよ」


「それなら、村に来ませんか?」


「村? でも私、こんな見た目だし、嫌われると思うわよ」


「蟲人だけの村があるんです。そこで服屋さんをしたらどうですか?」


「いいの? それならやってみたいわ!」


ミリーさんは多分表情をパッと明るくしたのでうれしそうだ。私はタグを見せ、村の位置を教える


「そうそう、それじゃ荷物を持ち運べないでしょ? 撥水性、伸縮性の高いリュックを作ってあげるわ」


ミリーさんが作ってくれたリュックに肉を入れると、その分だけ大きくなる。少しだけ網目が広がるだけで、まだまだ荷物を入れれそうだ。蜘蛛糸だからか、汚れや水も弾きそうでいい


「ありがとうございます!」


「村で会ったらまた何か作ってあげるわね。それじゃ、またね」


ミリーさんは2本足を振って村の方へ向かって行った。私たちは引き続き森を探索することにした

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