第14話 なんか出ちゃってやばい
想定出来ない事態、それって当たり前の日常だろ?逆に想定できる事態の方が少なくねえか?
いつ何が起きてもいいように準備しとく。人間にできるのなんてそれくらいだろ?
- - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -
5-7 ロイカ
統一歴0年5月3日
○ レチェ・ドリウス
目の前に広がるのは大河バハル。今まで見たことがねぇでけぇ川だ。
「オヤジぃ!これ、ほんとに川なのか!?こんなもんどうやって渡るんだよ!俺、パトスを濡らすのやだぞ!」
ロイカに入って3日、領域主を探しながらロイカの中心に向かっていた俺たちをバハル川が迎えた。流れは緩やかで浅く見える川だが、川幅がやべぇ。向こう岸も見えねぇ川を、いきなり渡るのは気が引ける。
「あぁ、わかっている。話に聞いてはいたが、こんなにもでかい川があるんだな。とはいえ渡らんわけにもいかん。川沿いを走り、出来るだけ川幅が狭まった場所を探す!着いてこい。」
今回の遠征、速度重視のため俺の騎馬隊が動いている。俺にとってはオヤジを殺す絶好の機会なんだが、あれは無理だ。何回か試したが無理だった。いや、まじで、無理なんだよ!もう、ちょっと心が折れかけてる。
数日前、珍しくオヤジが俺の前で無防備に寝ていることがあった。情けない話だがもう寝首をかくしか手のない俺にとってこれ以上ない状況だ。周りに人がいなくなったのを見計らい、オヤジの背中に渾身の力を込めて槍を突き立てる。普通なら突き立つ。心臓を貫き、胸に穴が開く。
は、ず、な、の、に!刺さらねぇ!
どころか、びくともしねぇ!
どころか、皮膚にも届いてねぇよ!!!
なんなの!?なんで皮膚と槍先の間にちょっと空間があるの?
その空間に何があるのよ!
こえーよ!!!
何事もなかったかのよう眠るオヤジを見て悟る。今の時点でオヤジをやるのは無理だ。しばらくは従順に従い、オヤジの弱点を探りつつ俺自身の力を高める。時間はかかるが仕方ねぇ。
川沿いを数時間走ったあたりでバハル川が右に曲がり始めた。最も強く曲がったあたりで川の対岸が見えるようになった。ざっと見て500〜1000メード。やや流れは速くなっているがここなら渡ることが可能だろう。
「ここなら渡れそうだ。レチェ、小休止のあとここを渡る。準備をしておけ。」
「はいよー。」
右手を上げると騎馬隊が馬から降り、休憩を始める。全員がまず馬の世話だ。秣で身体を拭き、馬の身体に異常がないか素早く調べていく。俺もタトスの身体を労い、草を喰める場所に移動した。
「レチェ!こっちにこい!対岸を見てみろ!」
川を越えた先で砂煙が舞い、徐々に近づいてきやがる。オヤジと共に無言で見守っていると、対岸から少し離れた場所で無数の人型の魔物が隊列を組み始めた。
ゴブリンだ。ロイカの魔物、領域主が率いる醜い人型の魔物。それが対岸に1000、いや2000いるかもしれない。中央で大型のゴブリンが喚いている。隊列の指示を出しているのかもしれない。あれが領域主ゴブリンキングだろう。
「魔物のくせに良い隊列組むじゃねぇか。」
俺の呟きにオヤジも答える。
「あぁ、なかなか頭も回る。すでにこちらは捕捉されてたんだろう。渡河の後の迎撃、こちらが最も嫌な場所に現れやがった。」
「で、どうすんの、渡り始めたらあいつらも近づいてくるはずだぜ。別の場所を探すか?」
珍しくオヤジが好戦的な笑みを浮かべた。
「あぁ、ここで渡河は下策だ。退くが吉だろう。だが、せっかくお出迎えいただいたんだ。俺は渡ろうと思うが、レチェ、お前はどうする。」
久々に見たぜ、オヤジのこの顔。領主だ、息子だってやってるが元々オヤジもこっち側の人間だ。沸る相手を見ると鬼が出てきやがる。
「なんだ、レチェ、ビビってるのか?」
煽ってきやがる。あぁ、こいつだ。俺が殺したかったのはこの顔のオヤジだよ。
「馬鹿言ってんじゃねぇよ。俺とオヤジで先駆けだ!隊列崩したら騎馬隊を突っ込ませる。おい!ゲミル!俺とオヤジの先駆けだ!お前は隊を率いて後ろでよく見てろ!滅多に見れねぇもん見せてやる!」
副隊長のゲミルが無言で頷く。
対岸のゴブリンたちを前に俺とオヤジが並ぶ。後方でゲミルを先頭に騎馬隊が紡錘の陣を組み始めた。両手を上げタトスを進めた。騎馬隊も進み始めたようだ。右手を伺うとオヤジも真横で進んできている。
「ガァー、ゴア?ガァガグァゴア!!!」
進んでくると思ってなかったのか?キングの声が慌てているように聞こえる。だが、すぐに焦りを収めたようだ。弓を持ったゴブリンが前に出てきた。デカ目のゴブリンたちが槍を構えてジリジリと前に出てくる。
いいねぇ、こいつら、実にいい。ちゃんとやる気があんじゃねぇか。人型ってのもいい。殺し甲斐がある。あいつら全員俺がぶち殺してやんよ。
川の中程まで進んだ。敵の声が大きく聞こえ始める。
「矢が飛んでくんぞぉ!馬に当てたやつは!分かってんなぁ!全部叩き落とせよ!」
俺の指示に全隊が騎馬隊専用の薄手の盾を構えた。
矢がパラパラと飛んでくる。が、射手が小柄なゴブリンで短弓を使用しているからか全く届いていない。あと50メードはこのまま進める。
川を渡る音、馬の息遣い、あと100メード。矢が届き始めた。オヤジが横で矢を叩き落とす音が聞こえ始める。眼前に迫る矢を掴んだ。矢尻に嫌な色が付いている。
「ぜってぇ叩き落とせよ!矢に何か付いてる!毒かもしれねぇ。かすったらすぐに吸い出せ!」
全隊が矢を落とす音が響く。残り50メード、矢が止んだ。川岸すれすれまで敵陣が進んできた。いよいよだ。鳥肌がたつ。槍を構え、タトスの首を叩こうとした時。
「マーロ領主、バルディ・ソリニウス・マーロ!押し通す!!!」
オヤジが声を上げ、剣を横に薙ぎ払った。
薙ぎ払った剣から目に見える斬撃が飛び出した。三日月型の斬撃は、すぐ消えるどころか大きく広がっていく。
斬撃が、敵の、先頭に、ぶつかる。
ぶつかったゴブリンたちの上半身が弾け飛んだ。斬撃は止まらず、止まるどころかゴブリンを薙ぎ倒しながら進む。
阿鼻叫喚。
何が起こったか分からず吹っ飛ぶゴブリンたち。斬撃は広がり続け、敵陣の両端にまで広がった。少しずつ上下にも広がり始めている。
ゴブリンキングが慌てて逃げ出す。が、遅い。キングに斬撃?がぶつかった。上半身が消し飛ぶ。そのまま、最後尾まで進み続け、最後の一列の手前で斬撃?は消えた。
最後尾の生き残ったゴブリンたちが泡を吹いて尻餅をついているのが見える。
横を見るとオヤジも口を開けて呆然としている。
何してくれてんの!!!?こいつ!!!?
えっ!!?今の何!?
何出してんの!?
普通あんなもん出ないよね!?
「滅多に見れないものが見れましたね。」
いつのまにか横に来ていたゲミルがつぶやく。
「オヤジぃいぃぃぃ!!!!!何やってんだよ!!!お前ぇええぇぇ!!!!!」
こっちを見たオヤジは文字通り涙目だ。
「なんか、出た。やべぇ。」
「なんか出たじゃねぇんだよぉお!!!!!見ろ!お前、見ろよ!!!何しちゃってくれてんの!?なんか出ただけで何しちゃってくれてんのぉおお!!!」
指さした先には、尻餅をついたゴブリンたちがまだ動かない。完全に呆けている。すごくかわいそうだ。
「あれ見ろよ!かわいそうだろうが!!!なぁ!!!かわいそうだろうがぁ!って言ってんのっ!!!!準備して出迎えたあいつらが!かわいそうだろうがぁ!!!謝れ!!!お前、あいつらに謝れぇえええぇ!!!」
「なんか・・・ごめん。」
「ごめんじゃねぇんだよぉおぉおおお!!!」
雲が晴れ、光が煌めくバハル川に俺の叫びが沁みていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます