第120話 アスカとルナ(2)


 <ドラゴン>の姿となった師匠の背に乗り、僕達は空へと飛び立つ。

 事情を知らない人々は大騒ぎだろうけど、今は非常事態だ。


(セシリアさん達に理由を話せば『国の守護竜』にされそうだな……)


 面倒な事になりそうなので、内緒にしておこう。

 後でメルク達にも、言い聞かせなければならない。


(今は<魔族>の動きが活発だからいいけど……)


 大き過ぎる力は、人間同士の戦争の理由に使われる可能性もある。

 出来れば、平和の象徴になる事を祈ろう。


 師匠は僕達を包み込むように光の防壁を展開してくれた。

 移動はぐだったので、飛行速度はよく分からない。


 気が付けば、眼下に森が広がっている。


(空から見ても真っ暗だな……)


 以前、イルミナに上から様子を見てもらった事があった。

 彼女に視線を送るとコクリとうなずく。


 やはり『宵闇よいやみの森』で間違いないようだ。


「あの辺が怪しいのじゃ」


 とは師匠。見ると森の一部がれている。

 土が剥き出しの状態で、その色は灰色だったけれど、毒々しい紫にも見えた。


 その中央には一本の大きな木――いや、違った。

 茨のような棘のあるつるの集合体だろうか?


 葉や枝のようなモノはなく、不気味にたたずんでいる。

 師匠の言う通り、明らかにあれが原因だろう。


 茨の所々には赤い薔薇のような花が咲いていた。

 まるで匂いをくように、そこから『黒い魔素』を発生させている。


「さて、一掃するかのう……」


 師匠はその大きな口を開け、吐息ブレスの準備をした。


(そういうのは、いきなりやらないで欲しい……)


 僕は急いで――メルクッ!――と声を上げた。

 ぐに彼女は理解したようだ。


 両手とツインテールを広げ、僕達の身体を包むようにつかむ。

 一方、森の中央にある茨の集合体も同時に動いた。


 その幹に当たる部分から赤い大きな瞳が出現したのだ。


(気持ち悪い……)


 どうやら植物ですら、なかったらしい。

 師匠が竜の吐息ブレスを使うよりも早く、根のようにめぐらされていたつるが動く。


 明らかに意思を持っている。狙いを定めたそれは、茨のつるを槍のようにあつかい、ぐに師匠へ向けて伸ばす。


「当たらないのじゃ!」


 と師匠は空中で鮮やかな曲芸的アクロバット飛行を行う。

 完全に僕達が背中に乗っている事を忘れているようだ。


 ルキフェやガネットが悲鳴を上げ、アリスが楽しそうにする。

 そんな中、メルクが皆をつかんでいてくれたお陰で全員無事に済む。


「カッカッカッ!――これで仕舞じゃ!」


 と師匠。更に上空へと飛ぶ。

 そして、向かってくるつるを含め、竜の吐息ブレスを放った。


 すさまじい威力の光と高熱が奇怪な植物ごと、周囲を焼き払う。


(いや、これは爆撃に近い……)


 気が付くと森の大半が吹き飛んでいた。

 茨の集合体があった場所は大きなクレーターとなっている。


(明らかに被害が大きい……)


 僕達は、まるで怪獣映画の一幕のような出来事に唖然としてしまった。

 地面の一部が熱で硝子ガラス状になっている。


 また、未だに熱を持ち、赤く光っている箇所もいくつか存在した。


(色々と調べてみたかったけれど、これでは難しいな……)


 ――仕方がない。


(ユーリアに確認するとしよう……)


 魔界にも、あの茨があるとすれば、駆除する必要がある。

 先ずは<冒険者ギルド>への報告が先だ。


 あの茨を優先的に駆除してもらおう。

 また、近くには<魔族>の隠れ家があったのかも知れない。


 けれど、この様子では一緒に消し飛んだと考えるべきだ。

 師匠に対しても、言いたい事はあった。


 しかし、今回は急ぐ状況だったので『これが最善だ』と思う事にしよう。


(後は『黒い魔素』を如何どうにかする必要があるのだけれど……)


 発生源はつぶしたのだが、すでに大量の『黒い魔素』が放たれてしまった。

 結界のある『神殿都市ファーヴニル』は大丈夫だとしても、周辺の村や町、崩壊したお城などはそうも行かないだろう。


「フンッ! 考えておるわっ!」


 と師匠。クレーターの中央に着地すると僕達を下ろした。

 そして、翼を広げ<魔素>を吸収し始める。


 不思議な事に、周囲にってしまった<魔素>が集まってきた。

 当然『黒い魔素』も一緒だ。


 恐らく、僕達が冒険をしている間、彼女は各地を回って『黒い魔素』を吸収していたのだろう。けれど、今回は量が多い。


めるんだ! 師匠――いや、ルナ!」


 僕の必死の呼び掛けに対しても、


「最初から、こうするつもりだったのじゃ」


 とルナ。それは最初から『決まっていた台詞』のように聞こえる。


「おぬしが予想よりも活躍してしまったので……」


 少しだけ、予定が狂っただけじゃ――とさびしそうに語る。

 めようにも、僕では巨大な<ドラゴン>となったルナをどうする事も出来ない。


 ――いや、この場の誰もがそうだ。


「お父様が居ない今、わしはこれ以上、強くはなれないのじゃ」


 お姉様達を探す事も出来ん――と残念そうに項垂うなだれる。

 美しく輝いていた翠玉エメラルドの鱗が次第に黒く染まって行く。


 恐らく、彼女が集めているのは、この森の<魔素>だけではないのだろう。

 もしかすると、この大陸中の<魔素>を集める気なのかも知れない。


「後はおぬしに任せるのじゃ……」


 わしが死んだ後は体内にある『魔石』を砕くとよい――とつぶやく。


「そうすれば、わしは完全に死んだ事になり、契約は切れ……」


 おぬしは元の世界に帰れるじゃろう――と説明した。

 どうやら最初から、ルナが考えていた事らしい。


「ルナ、色々と考えていたようだけれど……」


 丸投げじゃないかっ!――と僕は怒鳴る。

 彼女らしいと言えばらしいけど、僕も素直に言う事を聞く性格ではない。


 きっと僕が世界を救った後、メルク達を成長させてから――元の世界に帰る――とでも思っていたのだろう。


 ルナはそれを見極めていたようだ。


(でも、残念だったね……)


 ――僕もそこまで『お人好し』じゃない!


「アリス、ガネット!」


 僕は二人に声を掛ける。


背嚢リュックに入っている『溶岩マグマの石』をこのクレーター内に設置して!」


 とお願いする。『溶岩マグマの石』は『溶岩洞窟』で採取出来る石だ。

 魔力を込める事で高熱を発生させる。


 最悪の場合、森を焼き払おうと思って、持ってきたのだ。


「そ、そんなモノ、背負わされていましたの!」


 ルキフェは驚愕きょうがくしたけど、今は無視だ。


「オウッ! ばら撒けばいいんだな!」


 とアリス。違うよ。


「わ、分かったですぅ~」


 とはガネット。アリスの制御コントロールは彼女に任せよう。

 ガネットは【ホール】の魔法を使い、小さな穴を開ける。


 そして、アリスに魔力を込めさせると『溶岩マグマの石』を設置させた。

 高熱を帯びたそれを均等に周囲へと設置して行く。


 いつもは臆病な面が目立つけれど、意外に頭がいい。


「メルク、ルキフェ、イルミナ――ルナをめる……」


 力を貸して!――そんな僕の言葉に、


「私、頑張るよ!」「仕方ありませんわね」「世話が焼ける」


 三人は三者三葉の返事をする。

 同時に僕の手に『ロリの紋章』が浮かんだ。

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